text | ナノ




乱菊さんがやらない仕事が隊長に回ってくることは日常茶飯事で、少しでも隊長の負担を減らしてあげたいなあ、と声を掛けてみる。

「何かお手伝いすることとかないですか?」

机に向かって書類とにらめっこしている隊長は、私の顔を見るなり「松本は」とたずねてきた。乱菊さんはいつものようにどこかに遊びに行ってしまって、隊長には内緒ね、と勝手に指切りまで結ばれてしまっている。うまい言い訳が見つからずに私の視線が左右に泳ぐのを隊長が見逃すはずは勿論なく、目の前でハアと溜め息が聞こえた。

「…みょうじ」
「は、はい」
「松本の分、頼めるか」
「! はい、もちろん!」

うっかり声が弾んでしまったことに対して後悔しながら、隊長から差し出された書類を受け取ったときの結構な重みに驚く。それを見たらしい隊長が小さく笑ったのには、尋常じゃなく胸がときめいてどうしようかと思った。

しばらく作業をしていた後、机に湯呑みが乗る。まさかと思って書類を見つめ続けていた視線を上げると、そこには予想していたとおりのひとがいた。

「少し休憩しねえか」

執務室の棚から浮竹隊長に頂いたらしい、さくら色のかわいいお茶請けを持ってきてくれた隊長といざ向き合うと、緊張して心臓が大きな音を立てているのがよくわかる。隊長が何も話さないから私も何も話せないし、少しずつお茶を啜ることしかできない。何か話さなくてはと思えば思うほど言葉が喉につかえて出ない。机の上のお茶請けをじっと見つめるだけで前を見られなくて、自分が所属する隊の隊長を前にしてずっと下を向いているのは、多分失礼になるんだろうと、思う。それは表の理由で本当の気持ちを言ってしまうとちょっとだけ、隊長の顔を見たかったりする。
少しずつ上げていった視線の先に隊長をとらえたそのとき。青と緑を混ぜ合わせたような綺麗な隊長の目がこちらに向いていて、ばっちりと目が合ってしまった。

「す、みません……」
「…いや、悪ィ」

どうしようどうしようと考えだしたら止まらなくなって、頭がぐるぐると混乱する状態になったのはうまれてはじめてだ。

「失礼ですよね、み、見たりして!あの他意はっ…ない……っていうか…」

視界は先程のようにお茶請けしか映していない。何を口走っているのかもよくわからないし、顔が燃えるように熱いのが自分でもよくわかりすぎて、紐で締め付けられたみたいに心臓が痛い。もう、ちょっと、この場にいられない。始めよりは減った書類を持って、自室へ戻ろうと決めて、立ち上がる。

「みょうじ」
「本当、し、失礼しました」
「おい、ちょっと待て」

はやく一人になって心臓に巻き付いた紐をとってしまいたいと、ぐるりと体を反転させて、一歩踏み出そうとしたのに、突然隊長に掴まれた肩が邪魔をして足が進まない。ぜったい変に思われた、ぜったい

「多分あいつ、松本な 明日もどうせサボりやがるし」
「そ、そうでしょうか」
「まあ、松本が来ても来なくても」
「はい」
「明日また、ここで手伝ってくれるか」

隊長のまるで雪みたいに白い肌が、真っ赤に色づいていくさまは、現実に思えなくて夢を見ているみたいだった。隊長、そんなの、ずるいです。


春を焼く夢


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