text | ナノ




ただいま3年2組の教室前。科学の宿題が出ていたので隣の席の白石に教えてもらう約束をして、こんなときに限って委員会の集まりがあったので参加して、ようやく教室に戻ってきたら女の子と白石が無言で見つめ合っていた。おっこれはまた告白やな?さっすが白石モテる男は違うなあニヤニヤと覗いていたら、白石は女の子の腕をぐっと引いて抱きしめる。あっと声が出そうになったのを無理やりひっこめたんだけど、勘のよろしい白石クンは私に気付いたみたいで、ばっちり目が合ってしまった。うわあ。

「じゃ・ま・や」

うわ、なにあれ、むっかつくわあ〜…!
これ以上ないほどのドヤ顔の白石の口パクメッセージはしっかりと、嫌味なほど私に伝わりました。じゃまや。そりゃそうだ。だがしかし私の科学の宿題は一体どうなるんや。まあ、でも人の恋路を邪魔するような女になりたくないし、というか「じゃまや」言われた以上関わるとめんどくさくなりそうなのは明白。ということで帰ろう。私えらい。まさにキューピッド。マジ天使。

「あれ、なまえや」
「ぎゃっ!」

そっと教室を去ろうとした帰りに出会ったのは謙也だった。「まだおったんか」「謙也もどないしたん」「教室にノート忘れてん」教室やと?や、やばいで。教室にはまだあの二人がいる。まずいやろ。なぜか私が猛烈に焦る。

「いま教室行ったらあかん!」
「は?なんで」
「なんでもや!」
「せやけどノート…」
「行くならあとや!あー、ほら!ジュース!おごるし!」

なんで私がこんなに白石のフォローをせなあかんねん。私はあいつのフォロワーかなんかかと思いながらもこうして謙也を連れ出してあげているあたり、もうこれ白石は私に土下座して感謝すべきやと思うほんまに。横でおいどないなっとんねん!とうるさい謙也の背中を押して教室から遠ざかる。おしあわせに、明日の宿題は写さしてもらうで白石クン。




「こ、くはくう!?」
「うわきたない」

大げさに驚く謙也は私のおごりのポカリを噴き出す。白石が告白されるとかそんな珍しいことでもないやろ、というと、そやけど、とまたポカリをひとくち。

「なんか、白石が女の子ぎゅーってしてな、なんの漫画かと思た」
「あいつ教室でなにしてんねん」
「なー、ほんまに…」

白石が告白される場面には結構遭遇したことがあるけど(噴水前が多い)、今回はやたらとロマンチックやったなあと回想。なんかデジャブやなーと思って記憶を辿ってみて気づく。さっきの光景はこの間みた少女漫画にそっくりだった。あんなん、漫画だけやと思ってたのに。
別に白石が好きなわけやないけど、少し羨ましくなった。あんな展開、実際自分に起こったらどんなかんじなんやろ。おとめちっく妄想ばかりがもくもく浮かんで消えての、ヒロインになれない私はこうして空き教室でミルクティーをすする、ヒーローのフォロワーである。現実なんてそんなもんですよね。

「は〜あ…ええなあ」
「なにが」
「さっきの女の子。ええなあ」
「……」
「…え、なんで黙るん」

いつもやったらべらべらやかましい謙也が妙に静かだ。拾い食いでもしたんかーと聞いてもおもろい返しは返ってこない。返事すらない。私ひとりが滑ったみたいないやあな雰囲気になった。重たいのかなんなのかよくわからん空気にだんだん耐えられなくなってきたので、ここらで渾身のひとことを繰り出してみることにする。一刻もはやくこの空気を抜け出したい。これやったら絶対謙也笑うし。間違いない。

「私白石のこと好きやってん…せやから、ええなあ、って…」

あ、あ、あれ…?
ここは「へえそうなん?そいつはご愁傷様やなあウンウン…ってなわけあるかーい!」じゃないんか謙也…どうしてここで無言やねん謙也 私大けがやないか謙也!

「え、あの、謙也サーン ほんま、体調悪いん」
「帰る」
「は?」
「じゃあな」
「え!?待ってノートは…」

私の言葉を最後まで聞くことなく、こちらを見ることもなく謙也は空き教室から出て行ってしまった。私は引き留められなかった。できなかった。
軽音部が演奏している聴いたこともないような曲が流れる校内から靴箱へ向かうと、視界の端に白石と女の子が見えた、ような気がした。私の目は謙也のくたびれた上履きを捉えてそのまま。何が何なのか訳がわからないまま。

わからん。
なんで謙也、あんな泣きそうな顔してたん?



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