text | ナノ







3年Z組は、月に一度席替えがある。その月がどうなるかは席に左右されるといっても過言ではないのに、あたしはなぜかいつも前方の席にしかなれない。もう仕組まれているとしか思えないぐらいだったのが今回はなんと後ろから二番目の席。よっしゃついてる!と思った、んだけど。

「よう、前の席」

後ろには見慣れたあいつ、もとい沖田がいた。あたしと違って席替えはいつも後方の沖田は今回もばっちり一番後ろをキープしていた。後ろになったのはいいけれど、後ろに沖田なんてなにそれ聞いてない。

「ええ〜…うそ、ええ…」
「おー嬉しすぎて言葉も出ない」
「別に嬉しくないっていうか…むしろちょっといやなんだけど」
「いやあ照れ隠しなんて可愛い奴だなァ」

絶対思ってないからこの男。その証拠に椅子をガンガン蹴るという地味な嫌がらせをされた。振り向いて睨んでやると視線を外して素知らぬふり。むかつく。これから1ヶ月は沖田にいらいらする日々が続くのだろう。本当に、なんでだろう。あたしってどうしてこんなやつすきなんだろう。はあ、とため息をついたのが沖田に聞こえたのか、また椅子を蹴られた。文句のひとつも言ってやらなきゃ気が済まないと再び振り向いたあたしに向かって、それはそれは楽しそうな顔で沖田は笑った。





それからというもの、一番後ろの席の役割であるプリント集めを押しつけられるところから始まり、睡眠学習中に大声出されたり、数学で当てられて困ったときに間違っている解答を耳打ちされたりと、ろくなことがなかった。もともと沖田はあたしをからかって遊んでくるようなやつではあったけれど、席替え後はさらにひどくなった。その証拠に、毎日毎日沖田は上機嫌である。一方あたしは毎日毎日不機嫌だ。沖田がからかってくるのも勿論だけど、それとはまた違う理由で、だ。沖田はあまり自分から女子と話さないから、あたしはそれなりに仲の良いほうだと思っていたのに、席替え以来Z組を尋ねてくる子を随分構うようになった。沖田はその子たちに対して、不思議と嫌なことはしない。そんなことされるのはあたしだけ。
沖田の中であたしは、少なくとも他の子よりはとくべつかもしれないと思っていたのに、あたしがこれだけ嫌がらせを受けるということはどう考えても嫌われているようにしか思えなくて、不機嫌以上に落ち込んでしまう。

今日もまた昼休みに沖田に会いに来る女子と、後ろで楽しそうに談笑する声が聞こえてきた。一緒にお弁当を食べる神楽やお妙が話す声もまったく頭に入ってこなくて、完全に耳は後ろの会話を聞くことに集中している。

「沖田くんのすきなタイプってどんな子なの?」
「あっ、私も知りたい!」
「んー……」

「どうしたネ?食欲ないアルか?」
「えっ、ううん!違う違うなんにもないよ」

心配そうにあたしを見る神楽に対して申し訳なくて、箸に刺さったままだった卵焼きを口に押し込んだ瞬間だった。


「俺の前の席のヤツみたいな性格じゃない人、ですかねィ」


明らかにあたしに対して投げ掛けられている言葉に、打ちのめされたような気分になった。嫌がらせってやっぱり、あたしのこと嫌いって、そういうことだったんだ。だけど、なんでよ。
なんでこんなやつに

「なんっであんたにそんなこと言われなくちゃなんないわけ!?」
「盗み聞きたァ質が悪ィや」
「じゃあすぐ後ろで話さないでくれる?あたしだってすきであんたの前になったわけじゃない」

今にも泣きそうだった。もうフラれたようなものなんだし、傷つくなとか泣くなというほうが無理な話であって。だけど沖田の前で泣くなんてそんな失態、絶対できない。それはつまりあたしが沖田をすきなことが、ばれてしまうから。沖田に心を真っ二つにされるよりは自分で真っ二つにするほうが傷つかなくて済むから、あたしから、あたしもあんたが嫌いだって、言ってやる。
おもいっきり言ってやろうと、大きく息を吸い込んだとき、突然強い力で二の腕を掴まれ、引き寄せられた。視界には沖田のドアップ、くちびるには柔らかい感触が確かにあって、女子特有の甲高い叫びが耳に飛び込んできた。

「………は?…え、なっ、は?」
「このぐらい言い返してくるような勝ち気な女が好きでね」
「な、なにいって」
「まあそういうことなんで。すいやせん」

あたしの肩を抱いたまま、沖田は教室から走って出ていく女子たちを見送る。
なんでこんなことになっているのか、とまったくついてきていなかった頭がようやく今の状況に追い付き始めて、体中が熱くなっていくのがよくわかった。沖田に顔を見られたくないと思うより先に、あたしの顔を覗き込んだ沖田は見るなり「ブサイク」と言い捨てた。

「な、なんなのほんと!あんたなんて好きじゃ、」
「言わせねェよ」

あの席替えの日に見た笑顔を浮かべた沖田によって、あたしの言葉は掻き消された。むかつくやつだしどうしてこんなやつすきなんだろうって本当に本当に思うんだけど、くやしいことにちょっとだけ、いや、だいぶ、かっこいいと思ってしまった。





あなたがわるい



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