text | ナノ










本日、隣の席の不二くんは大忙しです。教室にチョコレートを持って現れる女の子、呼び出してチョコレートを渡す女の子と、不二くんがプレゼント的な包みを持っていないところを今日は一度も見ていないくらい。

「不二くんモッテモテ〜」
「そんなことないよ」
「こんなに貰っといて何言ってんのー!」

机にかかっている紙袋を見ながら言うと、不二くんはいつもと同じようにクスリと笑う。もう慣れっこなんだろうなあ。
この中の多くは本命チョコなんだろうと思うと、少しかわいそうになってしまう。紙袋に入ってしまえばどれも同じに見えてしまうからだ。

「本命チョコたくさんあるんだろうね〜」
「そうでもないんじゃないかな」
「いやいや、そうでもあるよ」
「でも、自分の好きな子からは貰えていないからね」
「不二くん好きな子いるの!?」

思わず出た大声に口をふさぐと、不二くんはおかしそうに、でもやっぱりきれいに笑う。そっかあ、好きな子いるんだ…その子、不二くんのファンに恨まれちゃうよ。勝手に妄想をしていたらこっちが恐ろしくなってきてしまった。
トントン、と肩を叩かれて妄想の世界から帰ってきた私に、不二くんは何でもないように、いつものように笑って言った。

「気付いてない?」
「え、なにが?」
「僕は君から貰いたいんだけどな」







一年生からの恒例行事として、バレンタインデーのチョコ渡しがある。マネージャーさんがチョコを部員全員にくれるというものだ。聞けば全て手作りらしい。

バレンタインデーと自分の誕生日が重なっているせいか、色んな人にプレゼントを貰った。嬉しいことに鞄の中はそれらで溢れかえっている。プレゼントは本当に全部うれしいし、感謝しているけど、正直一番期待してしまっているのはこの部内の恒例行事だったりする。

「長太郎くん、はい」
「あ、先輩!毎年ありがとうございます」
「いえいえ〜。あと、誕生日もおめでとう」

チョコレートと、それとは別の青い包み。今年も先輩からもらうことができたという嬉しさが込み上げて顔がにやけるのを抑えながら、もう一度お礼を言った。先輩は「律儀だなあ」とおかしそうに笑う。開けてもいいですかと聞くと、今度は照れたように笑って、いいよと頷いてくれた。

「……先輩、かわいい」
「えっ」
「えっ?…あっ、すみません、俺声に出てっ、」
「……うん」
「…す、すみません」

先輩の顔が一気に赤く染まるのがわかって、つられるように俺も恥ずかしくなる。ていうか、実際恥ずかしいことを言ってしまったわけで。でもここで変に慌てたりしたら、すでにばれかけてはいるけどもう完全に俺が先輩のこと好きだってばれてしまう。どうする。なんて言ったらいいんだろうか。

「長太郎くん」
「は、はい!」
「わたし、誕生日プレゼントって、長太郎くんにしかあげてない、よ」
「………え、あの…それって」
「集合!」

絶妙なタイミングでコートに跡部さんの声が響く。なんでこんなときにと焦らされているようでもどかしい。思わずため息をついてしまったのが先輩に聞こえていたらしく、隣から小さく笑う声が聞こえた。

「先輩、今日一緒に帰りませんか」

こくりと首を縦に振った先輩の顔はやっぱり少し赤くて、このまま抱き締めてしまいたいとわきあがる気持ちをどうにか抑えるのに必死で苦しい。今日俺、まともに練習できる気がしない。








丸井にチョコレートぜってー持って来いよという脅しを受けていたため、丸井の席まで用意したチョコレートを渡しにいくと丸井の机の上はたくさんのチョコレートで溢れていた。

「おー、ごくろう」
「なにがごくろう…ていうかこんなに貰ってまだ欲しがるのあんた」
「いくつあっても困らねーし。ほらチョコくれよはやく」
「…はあ」

なんでわたしこいつのためにチョコレートとか持ってきたんだろう、と思いながら渡すと「サンキュー」とお得意のアイドルウインクを飛ばされた。
何だか疲れたので自分の席へ戻ると、珍しく隣の席の仁王がそこにいた。しかもこちらをガン見である。

「…なに」
「本命?」
「え?」
「丸井が本命?」
「そんなわけないじゃん、脅されていたようなもんだよ」
「ふーん、それなら安心じゃ」
「……ん?」

安心?って、どういうことだろう。クエスチョンマークを頭に浮かべていたら仁王は頬杖をついたままニッコリ笑う。そして机の上にあった誰かに貰ったらしいチョコレートの包みを開け、そこに入っていたトリュフを口へと放り込んだ。その一連の流れをなぜだか目が離せずに見ていたら、突然仁王がこちらへ近づいてきた。後頭部に手を回されたと思ったときにはもう遅くて、チョコレートの甘さが口内にひろがる。

「うまい?」
「い、いや、あの」
「味わからんかったか?」
「えっ、ちがうそうじゃ「じゃあもっかい」

何が何だか訳が分からないまま、二度目のキスをした仁王は、顔を離すとにやりと笑って唇を舐めた。

「ごちそーさん」

お祭り騒ぎの教室にわたしを残したまま仁王はどこかへ消えてしまった。意味がわからない。仁王の行動もだけど、わたしの心臓も意味がわからないぐらいに音をたてていた。






Happy Valentine







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