text | ナノ





「今日はどう考えても雨じゃん!」
「だって家出たとき降ってなかった!」
「寝坊したんでしょ」
「…目覚まし鳴らなかったんだってば」
「自分で止めてるんだよそれ」

外は大雨。途中にコンビニだってあるのに、この中を傘も差さずに登校してくるなんて本当に馬鹿なのかもしれないと思ってしまった。寝坊をして急がないといけない一心で来たのは、素直なリエーフらしいというか。
音駒高校バレー部はマネージャーがいないため、部の雑用は一年の仕事というのを聞いてから土曜の練習も時々手伝っている。そのおかげで、バレーの知識はほぼ皆無だったのがポジションやら試合の流れやらがわかるようになるまで詳しくなった。

「そんなこと言うならなまえが起こしてよ」
「なんでよ」
「そしたらすんなり起きられるかもしんない」
「わたしが起こすまで起きなくなるからやだ」
「えー!ケチ!」
「ハイハーイ、痴話喧嘩はそのくらいにしとかねーと夜久が怒るぞ〜」
「ゲッ」
「リエーフ何やってんだ!!さっさと着替えてこい!!」
「夜久さんせっかちです!ちょっと待っててくださいよ!」
「テメー無駄口叩いてんじゃねえ!駆け足!」
「もー!」

夜久さんにどやされ、先にアップしてるから急げよとかけられた声に返事をして、肩を竦めて部室へと向かうリエーフの背中がいつもの猫背よりさらに丸まっている。夜久さん待ってるんだから急いで着替えておいでよと声を掛けたら、何故か腕を引かれてそのまま部室まで連れて行かれた。

「どうしたの?忘れ物とか?」
「なまえも手伝って」
「手伝うって何を?」
「着替え?」
「それ手伝うものじゃないよ」

ふざけてる場合じゃないんだからと部室を出ようとしたら手首をとられてタオルを押し付けられた。タオルを使うのはわたしじゃないので返そうとしたら、パイプ椅子に腰掛けたリエーフがわたしの前にずいと頭を差し出してくる。銀色の細い髪から水滴が滴るのが見えて、ようやく意図がわかった。
頭を拭いてくれないと動かないと言わんばかりの頭にタオルを乗せて、こんなことをしてる場合じゃないという気持ちも込めて少し強めの力で手を動かす。

「もう」
「痛い!もっと優しく!」
「急げって言われたでしょ!」
「……ヤーダ」

子どもみたいに駄々をこねながら、ぶらりと垂れ下がっていたはずのリエーフの腕がわたしの腰に回る。子どもみたいなのは言動だけで、細長いけどしっかりとした腕はちっとも子どもじゃない。意識しだすとどんどん緊張して鼓動が速くなる。引き寄せられたせいで濡れたままのTシャツが触れて冷たいのに、ひんやりとして少し気持ちいい。風邪で熱が出て、おでこに冷却シートを貼った時の感覚と似てるなと、こんなときなのに本当にどうでもいい感想が頭をよぎった。

「……ヤダじゃないよ」
「練習は行くけど、なまえはこのままここで部室の片付けとかしてろよ」
「えー?なにそれ」
「最近犬岡とか芝山と仲良いの俺知ってんだからな」
「わたしがわからないこととか教えてくれてるんだよ、それは」
「なまえは俺だけ構ってればいいの」
「心配しなくてもリエーフばっかり構ってるよ」
「構われてないデス〜」
「構ってマス〜」
「…全然足りない」

リエーフの頭の上で動かしていた手はいつの間にか掴まれ動きが止まっていて、タオルの間からじっと覗く緑の目と目があって視線が外せない。「どうした?」多分3分も経っていないぐらいの時間なのに、随分長く固まってしまったような気分だ。

「…あ、うん、ごめん」
「あーわかった、見とれてた?」
「ちょっとだけ」
「えっ」
「えっ?」
「……そろそろ行かないとレシーブ練増やされそうだから、行く」
「あ、うん。ちゃんと着替えてね」

さっきまで駄々をこねていたのは何だったのかと思うほど素早く着替えをすませたリエーフが部室を出ようとドアに手をかけ、急に後ろのわたしの方を振り返る。

「練習頑張ったら、さっきの倍ぐらい抱きしめてもいい?」

なまえ可愛いから、と小さな声でつぶやくのをバッチリ耳に入れてしまったら、そんなの絶対断われない。



ず る い よ



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