text | ナノ





「裕次郎これさ、ピンクと青どっちが良いと思う?」
「黒!」
「うわ、チョイスが完全に」
「なに?」
「ドーテー」
「だよねえ」

スタイルが良くてキレイなモデルさんが着るとやっぱりかわいくみえるもんだよね、と女性下着のカタログを眺める。凛のお姉に貰ったものだ。教室で見るのもどうかなと思ってカバンに入れておいたのに、目敏くカタログを見つけた裕次郎が見たいとごねるので、こうして三人で見ることになってしまった。裕次郎と凛といえど、男の子と下着のカタログを見るのも…と思ったけれど、この二人に特にそういう感情を抱いてもいないし抱かれてもいないので、そんな心配は杞憂に終わる。それどころか「これは派手」「ジミすぎ」と聞いてもいないアドバイスまで入れてくる。

「なまえ俺はこれが好きだけど」
「ちょっとフリフリすぎねー?」
「裕次郎には聞いてねーらんどー」
「へえ、可愛い」
「これにするさぁ?」
「なんで凛の好みの下着をつけるの」
「見てやろーと思って」
「そういうのは取り巻きの女子に言えってーの」
「てーの」
「ケーチ。つまんね」

「楽しそうだね、なに話してるの?」

三人でああでもない、こうでもないと下着の雑誌を眺めていたら、クラスメイトの佐藤くんが話し掛けてきた。標準語が特徴的な彼は内地から引っ越してきた転校生で、委員会が一緒になってからよく話すようになった。明るくてやさしいけれど、見た目はちょっとチャラい。

「佐藤には関係ねーやっしー」
「ひどいな。それに俺はみょうじさんに話しかけたんだけど」
「あっ、ごめんごめん」

佐藤くんは、今日の委員会の教室の場所が変更になったことを連絡してくれた。それから少し雑談をしたのだけど、その間の裕次郎と凛は会話にも入らず、普段からは考えられないほどに静かだった。どうしたのかな、と二人に話しかけようとしたそのときちょうどチャイムが鳴り、佐藤くんが自分の席に戻ると、二人がわたしに「耳貸せ」と小声で話し掛けてきた。

「なまえ佐藤が好きばぁ?」
「ハア?!」
「しー!」
「裕次郎の勘違いだよ!」
「ほーらな。こいつ、なまえが男と仲良さそうにしてるといっつもコレさぁ」
「あっ確かに!なんかこんなこと前も」
「やしが、楽しそうにしてるからよー」

しゅん、と犬がふてくされたみたいにしょげるから憎めない。「わたし二人と話すほうが楽しんでるけど」と口にしたら、裕次郎に頭を撫でられ(逆じゃないの?っておもう)凛は「当たり前やっしー」と笑う。

「でもよーなまえ」
「なに?」
「あっちはやーのこと、好きだと思うぜ」
「それは凛の勘違いじゃないの?」
「いーや、俺のこういう勘は当たるからよー。襲われないように気ぃつけろー」

ガオーというふざけた声と両手を顔の横に広げる動きをする凛に、ないないと笑っていたらいつの間にか教室にいた担任が号令をかけたので、この話はここで終わる。
裕次郎にしても凛にしても、気にしすぎだと思う。大体佐藤くんとは委員会が一緒になってはじめて話したぐらいなのに、好きとかそんな急展開あるわけない。それでもわたしのことを気に掛けてくれるのは嬉しくて、少しだけ笑いがこぼれてしまう。それを見ていたらしい隣の席の裕次郎が「あい、なまえどーした?えろいことでも考えとったんばぁ?」と頬杖をついてニヤニヤしていたので軽く睨んでやった。アホ裕次郎!







授業後、部活に行く二人と別れて、わたしは佐藤くんと委員会が行われる教室へと向かった。今日はクラスごとに作業を行うらしく、作業説明を受けた後は、再び2組の教室に戻ることとなった。シーンと静まり返った教室で、もう誰も残っていないなあと考えていたら、同じタイミングで佐藤くんが「ふたりだけだね」というので、少しびっくりしてしまった。朝に凛から言われた言葉が急に頭を過る。

「なまえちゃん、彼氏いないの?」
「(あれ?名前呼びだったかな…)ううん、いないよ」
「もったいないなー。そっか、好きな奴でもいるの?」
「そういうわけではないんだけど……」

プリントを机でトントン、と揃える音とホッチキスを止める音が響く妙に静かな教室と、この答えづらい質問とで息苦しい。さっさと終わらせようか!と普段よりも明るい声で、気まずいと思っているのがばれないように言った。佐藤くんの返答はない。何だかよろしくない雰囲気を感じ、顔を自分の手元から上げられない。…いやいやまさか、まさかね。
何事もなく作業を終わらせ、はやく帰りたいというわたしの気持ちを裏切るかのごとく、プリントを受け取ろうと出した左手が、グイと引かれる。

「なまえのことがすきだよ」
「え、あ、あのー…佐藤くん?」
「ふたりきりだし、なまえも満更じゃないだろ?俺判ってたよ」
「ちょっと、待って違う落ち着いて?!」
「待てない」

勢いよく手を引かれたせいで、佐藤くんにもたれ掛かるという最悪の体勢になってしまった。いつの間にか背中に回されている腕によって離れることもできない。やばい、まずい、どうしよう。
誰も来る気配のない教室と背中のひんやりとした壁の感触に、逃げ場はないのだと嫌でも思い知る。迫る佐藤くんの顔に怯んで目を瞑ると、暗闇に裕次郎と凛の顔が思い浮かんだ。ああ、あのとき凛の言うことちゃんと聞いて、あるのかわからないけれど、対処法とか聞いておけばよかった。


「ヒーロー参上〜!」


佐藤くんとわたしの顔があと数センチでくっつくかくっつかないかというタイミングで、大きくドアが開く音と、聞き慣れた明るい声が耳に飛び込んできて涙が出そうになった。部活の途中で抜けてきてくれたのか、二人はまだテニス部のユニフォームのままだ。

「だから言ったろ、気ーつけろって」
「り、りん」
「チャラ男の勘はでーじよく当たるってことさぁ」
「あー?ぬーがよ?」
「ゆうじろ…」
「佐藤、手え出す相手が悪かったな」
「なまえチャンに手ー出すなら、わったーの許可取ってからなー」
「…っ」

鞄を掴んで走り去っていった佐藤くんの後ろ姿を見送ったら、急に膝から力が抜け、全身ががくりと崩れ落ちる。わたしの傍に寄ってきた二人も目線を合わせるようにしゃがみこんでくれて、左手を裕次郎が、右手を凛が握ってくれた。緊張のせいか冷えきっていた手がゆっくりと熱を取り戻していく感覚に、早鐘のようだった心臓の音がだんだんと落ち着いてくる。教室に来てくれたときには気づかなかったけれど、少しだけ汗ばんだ手が、二人が走ってここまで来てくれたことを教えてくれた。

「あいひゃー、泣くなよ」
「怖かったんだよな、なまえ」
「あっ、ありがと…っひっく」
「よしよし、もう怖くないさぁ」
「なまえは俺と裕次郎が守ってやっから、な」
「そーやさ!あんねーる奴になまえは渡してやらんどー」

凜がジャージの袖を伸ばして、わたしの涙を拭ってくれて、裕次郎は頭を撫でてくれる。少し力が強いのが、実はやさしいのに表に出すのがへたくそな二人らしい。
ありがとう。二人がいてくれて、本当によかったよ。







それから部活に戻る二人を、練習が終わるまで待って、三人で帰る。バスの後部座席にわたしを挟む形で座って、バス停に向かう途中のコンビニで買ったアイスを食べた。わたしの分は二人のおごりでいいっていうから、じゃあハーゲンダッツ!って言ったらさすがに「こんの、ふらー!」と怒られてしまった。

「今日は災難だったなー、なまえ」
「ほんとだよー、ああいうシーン漫画で見るけど、実際起きたらこわいだけだわ」

「あとあーゆうのは、カワイー下着買ってからにしないと!」

「…」
「…」
「俺は黒!」
「…あいひゃー、やーそれは」
「…裕次郎それはデリカシーがない!」
「だーからやーはモテないばぁ」
「ハーゲンダッツの刑!」
「あい!?金ないさぁ!」


友達だと足りなくて、親友なんていうのは少し恥ずかしい。言葉にするのが難しいこの関係が好きだな、と思う。このまま三人でいられたらいいねなんて絶対に言えないけれど、わたしはきっと、ずっと二人が大切だよ。



それを指す名前がないな



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