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目の前にあるのはキラキラ輝くピンクの小物入れ。練習続きでなかなか会えなかった国光と久々のデートということで、いつしか足を踏み入れることに慣れた彼の部屋も、今日は少し緊張してしまった。
メルヘンで女の子らしい小物入れは、いつも通り整頓された部屋には不釣り合いで、テーブルの中央で異彩を放っている。私は出されたお茶に手も付けず、ただただ頭にクエスチョンマークを浮かべた。これはどういうことだろう。今日は私の誕生日でもなければ、二人が付き合い出した記念日でもない。本当に何の変哲もない、ただの日曜日のはずなのだけど。

「あの、国光、聞いてもいいかな」
「ああ」
「これは…?」

国光は「お前に渡そうと思って購入したものだ」と続ける。
今まで付き合ってきて、特別な日以外に贈り物を貰ったのは初めてかもしれない。時々、私の好きなイチゴのお菓子をくれたり、苦手な数学の出来を気にして参考書をくれたり(もう国光が勉強済みのもの)することはあった。
しかも、気掛かりなのは、国光が少し考えるような表情を浮かべていることだ。
これはきっと、国光と一緒にいる時間が長い人にしかわからない変化で。普通の人からみたら無表情に分類されてしまうような小さな小さなもので。それに気付けるようになったことが嬉しいけれど、わかってしまうと今度は彼になにかあったのではと不安になってしまう。

「国光、何か考えてるでしょう」
「…いや」
「ほんと?」
「ああ」
「本当に本当?」
「…」
「嘘はさみしいよ。国光」

いつだって人のことばかり、皆のことばかり、チームのことばかり。
弱みは人に見せない彼だから、その捌け口になりたいと思うのはおこがましいだろうか。

「最近、お前と会う機会が減っていただろう」
「うん」
「俺の部屋にはお前のものがいくつか置いてあるから、それを見るとあまり会っていないという感覚がなかった」

私はそんなに国光の部屋に何か置いていったりしないとおもうんだけど、と部屋をぐるりと見渡せば、目の前にはコップを借りるのが申し訳ないと持参してそのままのマグカップにお茶が注いであるし、寒いといって持ってきたブランケット、お気に入りの紅茶のティーバッグだとか。部屋に点々と存在する私の好きなピンク色の私物たちは、この空間のなかではどう見たって浮いていた。

「…結構置きっぱなし、だったね…今日持ち帰るよ」
「なまえ、待て。俺は迷惑だという話をしたかった訳ではない」
「え?そ、そう?」
「……その」

ゴホンとひとつ咳払いをした国光の顔は、心なしか赤くなっていて。私は信じられなくて瞬きをするのもわすれてしまった。驚き半分としてもう半分は、この国光の表情を目に焼き付けたかったからだったり。

「……これを置いておけば、お前も寂しいという感覚が無くなるのではないかと考えた」

そう言い、テーブルの小物入れに視線を向ける国光を見たら、何だか恥ずかしいのか嬉しいのかよくわからない感覚に胸を支配される。むずがゆいような、苦しいような。

「………やだ、もう、国光」
「…すまない、我慢してくれと言いたい訳ではなく」
「そうじゃないよ」

テーブルを挟んで、向かい合わせに座っていたのを国光のとなりに移動する。そして細いけれどしっかりとした腕にぎゅっとしがみついた。

「これ以上好きにさせないで、くるしい」

恥ずかしいことを言った自覚は十分にある。顔はしっかり下をむいたまま、無言の国光の反応を待つ。引いてしまっていたらどうしようと段々不安になりはじめたときに、優しく私の顔を上に向けた国光から、触れるだけの優しい優しいキスが落ちてきた。唇が離れて、国光の顔を見ようとしたら、そのまま私の頭は国光の胸に押し付けられる。まるでこちらを見ないでほしいというような動作にどうしたの、と聞こうとしたそのとき。



「お前こそ……あまり、可愛らしいことを言わないでくれ」



耳元でささやかれたその言葉に、今度は私が赤面する番だった。



ちいさなしあわせがとっておきのロマンスよ


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