log | ナノ (shiraishi)

ちょっと、充電
そう言ってすぐに後ろから抱き締められた。はじめは緩められていた腕の力がだんだん強くなって、すこし苦しい。細い腕のどこにこんな力があるんだろう。

「どうしたの、蔵」
「別に何もないんやけどな」
「うん」
「ほんまに何もないで」
「わかってるよ」

耳元できこえる声があまりにも近くて心臓がうるさい。こんなときでも恋心は正直だ。

「でも、何もない人はそんなこと言わないよ」
「…」
「よしよし」
「…ほんま、ちょっと、めっちゃすこし」
「うんうん」
「疲れた」

がくりとうなだれた頭の重みが肩にかかる。小さな声で「テニス部の奴らには言わんといてや」とつぶやいたのがとてもとても愛しくて、好きという気持ちをたくさん込めて頭をぎゅっと抱いた。





(marui)

「わたし逆上がりできないんだよね」
「へえ」
「小学生の低学年のときとかすんごい馬鹿にされて」
「逆上がりとかできない奴いねえと思ってたわ」
「…この年になってもなお馬鹿にされるとは思わなかった」
「言わなきゃよかったのにな、ほんと馬鹿だろぃ」
「ひどい…!」

地面を蹴り上げブランコをこいだらギイギイと音が鳴った。この公園のブランコも随分古くなったらしい。

「ブンちゃん」
「なんだよ」
「子供ができたらさあ、ここの公園連れてこようね」
「……」
「それでふたりで逆上がり教えてあげよう」

返事が返ってこない。怒られるからばれないように顔を盗み見たら案の定頬がうっすら赤くなっているのが見えた。本当に照れ隠しが下手だなあ。





(otori)

部活が終わって、急いで着替えて教室に向かう。練習はハードだったけど彼女が待っていると考えたら疲れがなくなっていくような気がするから不思議だ。
テニスコートのフェンスのまわりを取り囲む女の子たち(跡部さん待ち)に声をかけられて、軽く挨拶をしながらすこしだけ羨ましくなった。暑いなか、練習を見て応援して、余程跡部さんのことが好きなんだなあ。俺も、ちょっとは練習してるところとか見ててくれたらなって思うし…いやでもこの炎天下のなかで熱中症とかにさせちゃったらそれはそれで困るな、うん

教室棟は冷房が効いていて寒いぐらいに冷えていた。体の熱を冷ますのにはちょうどよかったけど、汗が体を冷やすのかすこし肌寒い。
教室のドアを開けると、いつもと違う光景が目に入った。いつもは窓際の一番後ろの席にいるのに今日は窓際の、一番前の席に突っ伏している。不思議に思いながらも彼女に近づいて体を揺すると腕が思った以上に冷えていてびっくりした。

「……ん…長太郎?」
「うん、おまたせ」
「……さむい」
「すごい冷えてるよ、体」
「この学校冷房効きすぎだよ〜…跡部先輩になんとかしてって言っておいてよ」
「言うだけ言っておくよ」

余程寒いのか、とろんとした目のまま俺にもたれかかってぼんやりとする彼女の頭を慣れない手付きで撫でてみると、にっこり笑った顔がこちらに向けられた。俺はなかなかこういうのに慣れることができなくて、顔が赤くなっていないかいつも心配になる。

「そういえば」
「うん」
「今日はなんで一番前に座ってるの?」
「うん、あのね、ここからの方がテニスコートが見えるから」
「テニスコート?」
「ぼんやりしか見えないけど、あそこで長太郎が頑張ってるんだって思うと待つ時間も短くなる気がするの」


切ないような嬉しいような気持ちが一気に込み上げてきて、気付いたら彼女を抱き締めていた。なんでこんなに可愛くて仕方ないんだろう。



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