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蔵の部活が終わるのを待っているといつも日が暮れてしまう。本当は先に帰っていいと言われているから、べつに待っていなくてもいいんだけど、部活が終わって蔵に会いにいったときにわたしに向けてくれるすこし困ったような笑顔が好きで、それが見たくて結局学校に残っている。


「また待ってたん?」
「わたしが待ちたいから待ってるの〜」
「ほんならええけど、暇やろ」
「テニス部見てたら飽きないよ。おもしろい」
「練習風景おもろいてどうなんやろな、うち」


蔵はそう言って苦笑していたけど、今日も小春ちゃんと一氏くんはお笑いテニスで盛り上がってたし、謙也くんめっちゃ速いし(ここは笑うとこじゃないらしいけど)、まあ何より誰より蔵がかっこいいしで見てて楽しいというより幸せだった。
ほな帰ろか、と毒手じゃないほうの手を出して蔵はにっこり笑う。わたしは蔵と出会うまで男の子がこんなに綺麗に笑える生き物だったなんて知らなかった。本当に綺麗。わたしは何度もそう言っているのに、蔵はいつもそんなことないやろと言う。またそのときの笑顔まで整っているのだからこわい。蔵は自分が綺麗なことをきっと知ってるんじゃないだろうか。そう考えた方が納得がいくような気がする。

「自分、あれよなあ。俺の顔じっと見んのもはや癖やろ」
「そんな見てないよ」
「見とるっちゅーの」
「見てない」
「見とる」
「見てない!」
「見ーとーる。俺結構照れとるんやで」
「うそだ!そんな涼しい顔して言われても説得力ない!」
「涼しい顔なんしてへんのにそんなんよう言われて、俺めっちゃ損しとる気するわ」
「損?」
「テストでええ点とっても『勉強せんでもできる奴はちゃうなあ』とか。俺はちゃーんとやってるっちゅーねん」

まあ顔なん生まれつきやからしゃーないけど、と蔵が顔を上げてふてくされたような表情で言う。自分から努力しているだとか頑張っているだとか、そういうのを見せたり言ったりする人じゃないのはわかっていた。蔵が完璧なのは元からじゃないことくらい知っていたのに。努力の証に決まっているのに。
…なんか彼女なのに、すごく情けない。

「…ごめんね」
「彼女には嘘や言われてまうしなあ」
「……」
「なに泣きそうな顔してんねん、冗談や冗談」
「わたし彼女失格だ…」
「ほんますぐへこむん直さなアカンで?無駄やでそれ」
「でも」
「笑った顔のが可愛い。俺はそっちのが好きやな」

わたしの頭に乗せられた手はゆっくり髪の流れを確かめるように動く。撫でられるごとに胸のなかに渦巻いていた負の感情がだんだんなくなっていくのを感じた。
蔵はわたしをいつもこうして溶かしていく。
溶かされる感覚が気持ち良くて、もはや依存みたくなってしまっている。
蔵のテニスで筋肉のついた、細いけどしっかりした腕に抱きついて顔を埋めた。人の体温があまり好きじゃないからくっつくのは好きじゃないのに、蔵の体温だけは妙にしっくりくるのはなんでだろうと思うけど、考えたら理由なんてひとつしかないのはわかりきっている。

「蔵、すき、大好き」
「はい、おーきに」
「本当に本当に大好きだよ」
「…」
「蔵?」
「…ちょっと、待ってな。俺がええよって言うまで顔上げたらアカンで」

うん、と返事をしながらも気になってしまってばれないようにそっと目だけを動かすと、そこには普段見たことないくらいに顔を赤く染めた蔵がいた。
胸がぎゅっと、というかもはやぎりぎり締め付けられて痛いくらい。ときめきとかそんな可愛いものではなかった。好きで好きでしぬんじゃないかと思った経験はこれが初めてで、おもわず巻き付いた腕の力があがってしまった。


「…見たやろ」
「な、なにも」
「嘘つきは泥棒の始まりやで」
「だだだだって気になって、」

ばっと顔を上げるとそこには至近距離で蔵の顔があって、そのまま吸い込まれるように目を閉じて続きの言葉は合わさる唇によって形にならずに消える。


「あんまかっこわるいとこ見せたないねんけど、俺…」


わたしの肩にうまる頭から伝わる熱は普段よりも高い。


「どんな蔵でも好きだからいい」
「…めっちゃ男前やなそれ。かなわんわ」



貴方の棘なら痛くも痒くも





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