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何だか今夜はいつもより風が強くて、肌寒いような気がする。明日から10月。あと数時間で10月かあ。10月と聞くと一気に秋めいたような気がする、この自分の単純さ。9月から一日経つだけである。明日も相変わらず学校だし早く寝ないといけないのだけれど、なんか眠くない。明日は10月。1日。カレンダーをぼんやり見つめていたら机の上にある携帯が震える。着信はよく知る幼なじみのあいつからだった。


「…は?海?」
『うん』
「今から?」
『そうだよ』


ありえない。
幼なじみの佐伯虎次郎、通称サエはこんな時間には考えられないとんでもないことを提案してきた。今から海に行こうとか、なんでそんなことを思いついたりしたのだろうか。真っ暗で何も見えない上に寒いし、大体海行ってやることなんてないし理由がない。というか正直だるいというか


「いやだよ私今から寝る」
『ねえなまえ、ちょっとカーテン開けてみてよ』
「…………まさか」


携帯片手に窓に駆け寄り、カーテンを引くと、そこにはさわやかに笑うサエが自転車に跨り片手を挙げていた。


「なまえ、行こう」
「行かないよ!」
「釣れないなあ、ほら10数えるうちに出てきてよ」
「だから行かないって言って」
「いーち、にー」


言っておくけどサエと海に行きたいわけじゃない、ただあんな大声で数字数えられたら近所迷惑なだけだから、だから

「なまえなら来ると思った」
「だから違う!」


ひどいなあ、と自転車を運転するサエがけらけらと笑った。パーカーを着てきたけど吹き付ける風はやっぱり寒かった。もうちょっと厚着してきたらよかったかもしれない。


「なまえ寒くない?」
「寒いっつーの」
「もっと俺に捕まったら?」
「遠慮しておきます」


海へ向かう道の途中には結構急な坂道がある。行きは上りだから二人乗りはつらいはずと思ったやさしい私は降りようとしたのだけれど、サエが私の手を掴んで降りなくても大丈夫と、また変なことを言ってくる。顔が無駄にいいから言うこと全部がはまってしまうのが悔しい。





 海に着いたのはいいものの、案の定暗くて何も見えない。何だか終わりがないような闇で、その中で光る携帯電話がどこか安っぽかった。

「なまえ、これ着てな」
「えっいいよ別に、サエ寒いじゃん」
「俺は平気だよ」
「私だって平気だよ」
「なまえは寒がりだから、そんな薄着じゃほっとけないだろ」
「……じゃあ」
「お、素直。可愛い」


天然の女タラシだと思う。このフェミニスト具合がサエの当たり前だから性質が悪い。
そう言って頭を撫でてくるサエの手を避けると、今度は手を捕まれる。


「ねえなまえ」
「何、ていうかこの手が何」
「俺さ、明日っていうか、あと一時間くらいで誕生日なんだ」
「……そんなの知ってるし」
「だよね」
「なんなの」
「うん、だから俺をフリーにしないでくれよ」


毎年、というか六角中に入学してテニス部に入ってからの誕生日はテニス部のみんなで祝うのが恒例なわけで。私はテニス部のマネージャーでもなんでもないけれど、一応みんなと仲が良くて、イベント事にはよく呼んでもらっていた。だから多分、明日のサエの誕生日だって何かあるはずだからフリーにはならないはずなのである。…あと、六角中の王子様なサエだから、明日は校内の女の子がサエをフリーにするわけがないのだけど。


「大丈夫だって。明日のサエはフリーになるわけないよ」
「…伝わってないなあ」
「ん?」
「俺が言いたいのは、なまえが俺をフリーにしないでってこと」
「…意味がよくわからないんですけど」
「明日は俺のそばから離れないでくれよ」
「なんで」
「俺がなまえのこと好きだからに決まってるだろ」
「………え」
「はは、鈍いなあ」



波が寄せては返す音が遠い。
サエの規則正しい心音が耳にダイレクトに響いている。今のこの状況をようやく理解したときには、サエに「体温上がった」と笑われてしまった。サエの誕生日まであとどれくらいだろうか。おめでとうを一番始めに言うのは確実に私ということになる。ちょっと、うれしいかもしれない。


「これでなまえに一番始めに祝ってもらえるな」
「仕方ないから祝ってあげるよ、仕方ないから」
「それまでこうしててもいい?」
「………寒いから、許す」


さて君の海は思ったより深い


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