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歩くん遅いし鈍臭いしぼけっとしとるし頭悪そうやしで特に取り柄もない女。そいつは不本意ながら俺の幼なじみだ。


「ひ、ひかる!待ってや〜」
「なんでついてくんねん。うっとい」
「ええ?いっつも学校一緒に行っとるやんかあ」
「誰が一緒に登校しとんねん、おまえがついてきとるだけやろ」


家が隣で親同士が仲が良い。ただそれだけのことなのになまえとは小さい頃からなんだかんだ一緒にいる。なんやおかんもなまえちゃんのこと面倒みたりや〜とか言うてくるし。だいたい同い年やろ。俺が年上やったらまだしもなんで同い年で面倒みたらなあかんねんと思う。


「ぎゃあっ」
「……」
「い……痛い…」
「…何をしとんねんおまえは」
「光が歩くのはやいんやもん、ついてかなあかん思て」
「なんでそんな鈍臭いねん。なんもないとこでコケんなボケ」


頭をバシッと叩いてやると痛い!と頭を擦りながらゆっくりと立ち上がってなまえはにへらと笑う。しまりのないだらっとした笑顔はこいつがよくする表情のひとつだ。アホみたいな顔で脳ミソ溶けとんのとちゃうか、と俺はよく思う。これ以上鬱陶しいドジを踏まれたらかなわんと思った俺はまたいつものようになまえの手を引き歩くことになるのだった。ほんま毎度毎度…ガキちゃうねんぞ。


「ひかる、おーきに」


こんなんやから俺となまえはなぜか付き合うているらしいと勘違いされ、なまえとはクラスも同じやからクラス中になにやら生暖かい目で見られ…


「財前てあのこと付き合うてんねやろ?」


出た。
またや。何度目やこのセリフ聞くの。しかも謙也さんやし…この人までそんなん言うんか。


「…あの子ってなまえのことゆうてんねやったら大いなる勘違いですわ」
「えっ、ちゃうん?」
「ちゃいます」
「端から見たらそうにしか見えへんやんな」
「ただの幼なじみや」
「幼なじみてそんな一緒におるもんなん?」
「そうやないですか」


クラスでも恋人のような扱いをされ、加えて部活までそんなんされたら鬱陶しいことこの上ない。しつこい謙也さんの話から逃げるようにユニフォームに着替えた俺はラケットを持って部室から出ようとした。


「財前!」
「まだなんかあるんすか?」
「クラスの奴がその子のこと好きやねんて」
「…なまえを?」
「おう。せやから財前に聞いてくれて頼まれてん」
「はあ…」
「アドレスとか教えてくれたりはせえへんよな」
「…そのクラスの人が自分で聞いたらええんとちゃいますか」
「おまえならそう言うと思たわ」


もう用は済んだし、と部室から出る。謙也さんも人がええなあ。俺やったらそんなん自分で聞けってなるわ。
なまえのことを好きな奴。
そんな奴がおるんやな。随分物好きなことで。
なまえに彼氏ができたらもう俺があいつの面倒みることもなくなるし、負担は減るから楽になる。ええことづくしや。なまえのことを好きな人、はよあいつと付き合ったってください。
…なんで俺がなまえの今後を心配せなあかんねん、今のはあくまで自分のためであって……頭ん中で言うたことを頭ん中で言い訳とか、何を…やめやめ、俺めっちゃきもいやん。



部活が終わり家に帰ると玄関先によく見慣れたサンダルがあった。きちんと揃えられたサンダル。頭わっるいくせしてこういうことに関してはしっかりしているから不思議だ。たぶん、部屋におる。行きたないけどいつまでも制服のままおりたくもない。根拠はないがなんとなくめんどそうな予感がする。こういう予想ほど当たるからいやや。


「なんや」
「ひ、ひかる、あんな、相談あんねん」
「(予想的中や…)…女友達とかおらんのかおまえ」
「せやかて、最初に浮かんだんがひかるやって…」
「…もうええ、相談てなんやねん」


するとなまえは微かに頬を赤らめて、めっちゃ小さい声でぼそっと「告白されてん」と言った。謙也さんが言うてた人かと思い一つ上かと聞くと、なまえは目をまんまるに見開いて驚いた。しかし説明すんのもだるかったので気付かないふりをしておく。


「好きな奴おらんのやろ?付き合ったらええやん」
「つ、付き合うとかっそんなんっ」
「なら断れ」
「……ひかる〜」
「俺は知らんで。自分のことやろ」


俺は正論を言っている。なまえもさすがにそれがわかっているようで口をつぐんでいる。ここらでわからせなあかん、こいつは何でもかんでも俺に頼りすぎやということを。…この年になるまで何もせんかった俺も大概アレやけど


「おまえのこと好きや言うてるんやろ?丁度ええやんか、自分鈍臭いんやし面倒みてもらったらええ」
「な、なんでそんなダメな奴みたいに…」
「ほんまのことやろ」
「そんなん、ひかるにしかでけへんもん」
「なんでや。なんでここで俺やねん」
「そ、それにな!…わたしかてやるときはやるんやで」
「具体的にいつか言うてみい」
「……」
「ほれ言えへん」


俺から言えることは何もないとなまえの腕を引っ張って無理やり立たせ、ドアの前へと背中を押す。なまえはまだ何か言い足りなさそうな表情で俺の顔を見ていた。


「ちゃっちゃと出る」
「……」
「俺着替えたいんやけど」
「ほんなら着替えたらまた入ってええやろ?」
「もう話すことないやん」
「…ないけど……わたしもうちょっと、ひかると一緒がええもん…」
「……ガキかアホ。精神年齢低いんじゃ」
「あかん?そんなにいや?」
「うっさい!わかったから一旦部屋出ろ」
「ひかる、おーきに」


またあの脳ミソ溶けた笑顔をこちらによこしてなまえは部屋から出ていった。結局わからせるどころかまた甘やかしていることに気付き舌打ちが漏れる。あいつとおるとほんま調子狂う。俺は世話好きなキャラクターちゃうねん。人と一定の距離をとっていたいのに、それをなまえは距離を無理やり縮めて俺に近づいてくる。昔から変わらない。


うっといし面倒くさいのになんでかほっとけんし、何がいややって何だかんだで本気で嫌がってるわけやない自分やったりするんやけど。


「うざいねんボケ女」
「う、うざ…!?」


ほんまなんでこうなん?自分でもようわからん。なまえに聞いたってわかるわけがない。

こればかりは謎すぎて死ぬまでわからんのかもしれへん。






「……て財前言うてたけどどう思う白石」
「そらつまり財前がその幼なじみのこと好きってことやろ?めっちゃ明らかやん」
「せやんな!あいつすかした顔して案外鈍いんやな〜」






ぼくには見えないピンクの残像

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