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一昨日も見てるだけ。昨日も見てるだけ。そして今日も見てるだけ。見てるだけで軽く眩暈がしてふらつくくらいである。それだけならまだしも見とれて一週間に一回は電柱と正面衝突する。
いつも帰り道で私は彼の横を自転車で通り過ぎる。初め見たときはなんてきれいな顔をした人だろうと思った。毎日毎日横を過ぎるたびにきれいだと思った。ある日、帰り道しか見ない彼と学校の廊下で一瞬すれ違った。それだけで恋に落ちた。一瞬だけしか見えなかったのに、私はそれから彼のことで頭がいっぱいになって、少女マンガのヒロインみたいに授業中ぼーっとしすぎて先生に怒られたり、普段はぶつからないような壁にぶつかったり、学校に行くのに鞄を忘れそうになったりと、今までの自分じゃありえないことばかりだ。間違いなく原因は彼である。彼の姿を見ただけでこうなのだ。話しかけるだなんてもってのほかだし挨拶すらできない。たぶん死んでしまう。
そしていつもの帰り道、やっぱり彼は私の前を歩いていた。自転車の私と彼の距離はぐんぐん近づく。信号が点滅し始めたところで私はぎりぎりで横断歩道を渡った。彼はそこで止まる。あの信号機や隣の電柱になりたい。信号機は彼を止めることができる。私は彼を引きとめることなんて到底できないというのにあの機械はいとも簡単に彼の足を止める。彼の神経に訴えかけることができるのだ。あの電柱は動かないただのコンクリートのくせに彼の隣に並ぶことができる。生きている人間の私より遥かに彼に近い。もう、本当に、しぬほど羨ましくてしかたがない。
生まれ変わったなら彼の一部になりたい。なれないなら、信号機になりたい、電柱になりたい、彼に近づけるものなら何にだってなりたい。

彼の名前は幸村精市。
彼に近づくための第一歩として、明日は早く学校に行って彼の上履きに近づこうと思う。


血潮




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