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「なんでわたしが」


なんなんだこの男
普通女の子に対しておまえが自転車こげとか言う?言わないよね?言わないです。
確かに総悟は見るからに逞しいわけではなく痩せているほうだし、わたしよりも体重が軽いと言われても納得してしまいそうなんだけど、以前気になって聞いたときにそれはないことが判明したからとりあえずその心配はない。あいつ、余分な脂肪がついていないだけで何気に鍛えてるから筋肉あるんだよね〜ほら筋肉って脂肪よりも重いし。顔は可愛らしいくせしてそういうところは意外に男らしい…


「って!ちがう!」
「でけぇ声で喚くんじゃねェようるせえなァ」
「あんたがこぎなさいよ」
「なんで俺が」
「こっちのセリフだよね」
「おまえのが明らかに逞しいだろィ、ホラ」
「ぎゃあ!肉つまむな!」
「将来は力士か〜そりゃいいねィ、横綱になれまさァ」
「うっざ〜…」


チュッパチャップスを口に加えながら何の躊躇いもなく私の横腹を摘んできた総悟の腕を払いのけるとニヤリと笑い今度は両頬をつまんで横に引っ張る。こ、このドSめ…


「よく伸びるなァ〜」
「離してよバカ!」
「飽きた。早く帰るぜィ」
「はあ?何なのよもう…って待ちなさいよ!」


そう言って相変わらず自分勝手にスタスタと歩いていく総悟を急いで追おうと、帰る準備をしていた途中だったわたしは猛スピードで準備し、鞄を引っ掴んで教室を飛び出した。既に総悟の姿はなく、廊下はしんとしていた。もう階段を降りてしまった後らしい。本当に行っちゃうとかどうなの。すこしくらい待つとか、そういう心遣いはできないのかあの男。…まあ総悟に気を遣わせるのなんて、奴が記憶喪失でもして性格が根本的に変わらない限り無理か、と無駄な考えは切り捨てることにした。
急いで走るのも何だか癪なので歩いて階段を降りていく。1階の職員室の前を通るとき、ドアから出てきた見慣れた人影を見つけた。


「銀ちゃーん」
「おー」
「なにしてんの?」
「ん?タバコ吸いに外行こうかと思ってよ〜職員室禁煙なんだよなァ」
「まあたタバコ?」
「あっ間違えたペロペロキャンディ」
「間違えたも何もないでしょ」


さっきこちらに見せたタバコと白衣から取り出したペロペロキャンディとをすり替えて銀ちゃんはへらへら笑う。何とも馬鹿らしくてわたしもつられて笑った。


「オイ」
「あっいた総悟」
「よォ〜総一郎くんじゃんか」
「総悟です」
「ていうか待っててくれてもいいじゃん」
「おまえがおっそいからだろィ」
「うっわむかつく」
「あーハイハイ痴話喧嘩は余所でやれよ〜帰った帰った」
「ちがっ…そんなんじゃないよ銀ちゃんのバカ!」
「総一郎くんもあんまいじめんなよ〜愛があんのはわかったから」
「変なこと言わないでくだせェ、ちなみに総悟です」


行くぜィ、と総悟がわたしの腕を掴んで早足で歩き出す。総悟はいつも強引だけどなんだか今の一連の動作はその強引さとすこし違った。機嫌が悪いときの態度に似ている。でも機嫌を悪くするようなことなんてあっただろうか。言い合いなんていつものことだし。


「鍵」
「ん?」
「自転車の鍵貸せ」
「え?…はい」
「乗れ」
「は?」
「はやくしろィ」
「…なんなのよもう」


さっきまであれだけわたしにこげって言っておいて突然自分でこぐとか…何か裏があるとしか思えない。これ多分家につくときに何か今度奢れとか理不尽なことを要求されるんじゃ…容易に想像できるあたりが嫌だ。しかし総悟ならやりかねない。
総悟が何も言わずにいきなり自転車のペダルを踏み込んだのでぐらりと体が傾き、あわてて総悟の制服の腰の辺りを掴むと片手でぐい、と手を引かれた。


「しっかり掴みなせェ」
「…ん」


いきなりのことで体中の熱が顔へと集まりだして、火が出そうなほど熱くなる。それは何だかんだで相当総悟のことを好きな自分を自覚するに十分で不服だ。
上昇する心拍数と熱にうかされ体中が支配されたような感覚が襲ってきて、前が見られない。総悟の背中すらまともに見られないなんて情けなさすぎる。


「なァ」
「な、なに」
「おまえは俺のことだけ見てろィ」
「…え」
「わかったら返事しなせェ」


まさか。
さっきから機嫌が悪かったのは、わたしが銀ちゃんと話してたから?
総悟はずるい。
いつもは意地悪なことしか言わないし、憎まれ口ばかり叩くくせに、何でそういうことを、いきなり



「…そんなこと、言われなくとも」



わたしは総悟以外の人なんてはじめから眼中にないんだから。


「素直じゃねェ奴」
「そんなのお互い様でしょ」
「…それもそうだねィ」


くやしいから全部は言ってあげなかったのに。そんなうれしそうに笑わないでよバカ総悟。



「あーあほんと可愛くねェや」
「う、うるさいな!どうせ可愛くないし!」
「ウソ。はんたーい」
「えっ」
「の、反対」





おれの恋人はとてもかわいくない







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