早乙女が吸った葉巻を、横から奪った鳳は満足げにたっぷりと生えた髭を歪ませた。まだ火が着いて間もないそれは、濃厚な煙と芳醇な香りを放ちながら、絶命に向かっていく。
まるで自分たちのようではないかと、同意を求めようとすれば早乙女はもう鳳へと意識を向けていなかった。昼にも関わらず両目を覆い隠すダークブラウンの先、果たして何が見えているのか。浮かんだ疑問を言葉にすればよかったのかもしれないが、鳳はそのまま、ぶわ、と吐き出した紫煙に思いを乗せて満足してしまった。この食えない男に言及した所でまっとうな返答は期待できない。本意を口にした事など一度もないのだ。メディアに取り上げられたら世界中が狼狽する、蜜を含んだ関係になってからは。

どちらも現役を引退してから、過去の栄光を塗り替えてくれるようなアイドルを育成している。今の生きがいはその仕事であって、二人で睦み合う事ではなかった。もう若くもなく、恋に生き愛に死ぬような無粋な真似はしない。戯れ、だった。脳内のビジョンを明かす訳でもなく、粗を探す訳でもなく。低温で燻った熱が急に全身を支配した時、丸みのある女や迸る男を相手にするのは厄介なのである。似た境遇だからこそ、黙ってただ息を重ねるだけでいいと、粘着質にぶつかった目線でわかる、そんな関係が楽だった。

性的興奮とは、いくつになってもなくならないものだと、倦怠感のある腰を摩りながら鳳は思う。これもまた音にならずに消えていき、彼の大腸辺りで吸収されてしまうのだが。要因を作った張本人は、事務所から連絡があったと瞼を伏せる。この、甘さの微塵もない殺伐とした空気が霧散するのを残念がっているのではない。一度瞳を閉じれば、スイッチが入るのだ。早乙女の、あの、独特の声と話し方、ギラつくオーラ、人を惹き付けるものたちが次々と彼を包む。まるで魔法のようだった。先程まで、低く低く、小刻みに揺れ汗を垂らしていた一般人はどこに姿を眩ましたのか。

「見事だな」
「この世界で身に付けた、どうしようもない男の処世術だ」

迷いはなかったが、憂いはあった。早乙女がいなくなった部屋の空気はどこか冷たく、鳳は再度、皺まみれのベッドに体を沈める。

END



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