※人魚龍也さんと歌姫レンちゃん。女装。書きたい所だけ!※
























ゆるりとまわるこのきもちはなんでしょう。

今でも忘れられないあの男の言葉と奏でられていた音楽は、心拍数と共に体内に存在し続ける。

今日も仲間と離れて一人、深海から切り取ったようだと持て囃される尾びれを使って海面に浮上する。びゅ、と海中を一掻きする度に、無数の気泡が白く儚い道を作っていくが、彼…リューヤは目もくれず、ぐんぐんと加速していった。普段の生活と変わらぬ速度で泳いでいては、見回りをしている鮫にすぐに見つかってしまう。側近であるリンゴや、先代の王であるサオトメに報告されると非常に厄介だ。過保護な部分のある二人には、きつく言われている。一人だけで、上の世界に行ってはならないと。業務をきちんとこなしているためあまり強くは咎められないが己たちとは違う、ニンゲン、という生き物が形成して居る世界に触れる事を、あの二人は特によく思っていない。

水圧によって後ろへと流れて行く、短く切り揃えられた薄茶の髪を混ぜ、すっかり色の変わった周囲の景色に安堵の息を吐き出す。どうやら無事に上の世界へと到着したらしい。薄く光の届かない海底と違って、きらきらとした水の色素は薄かった。タイヨウ、という光の塊によって照らされているからそう見えるようだ。色彩豊かなこの辺りを、リューヤは気に入っていた。

ちゃぷん、と水面から顔を目元まで覗かせる。何度も来て慣れているからとは言え、用心は必要だ。ニンゲンは、自分達を異端の者として捕らえ、場合によっては捕まり殺されてしまう。語り継がれてきた彼らの残忍さを知らない訳ではない。しかし、リューヤには危険を冒してでもこの世界に来たい理由があった。

まだ一人前の王として認められる前に、出来心でこの海岸に来た時に聴いた、歌だ。

*   *   *

退屈だ、なんて思わなければ良かった。今更後悔しても遅いのかもしれないけれど。レンは水を吸って重くなった、やたらとフリルのあしらわれたドレスの布を見つめていた。二時間程前まで船の一部であった板に捕まっている。救助が来る可能性は絶望的。夜まで歌う予定もなく、何か面白い事が起きないかと内心期待していたけれど、ここまでくると笑えない。それなりに鍛えている身体も、じわじわ体力を奪われていてそろそろ限界が近かった。

このままだとしんでしまう。それならば最後に一曲歌おうか。

我ながらばかばかしい。ふとよぎった案に苦笑いが零れる。この期に及んでまだ歌に執着するのか、自分は。タダ同然で各地で歌わされてきて、実力がない事は重々承知していた。歌そのものに人を惹き付ける魅力がないから、女装までさせられる。身長があり化粧をすればそれなりになるだろう、と船長が言い出したせいだ。散々人を使っておいて、その耳から脳へ入る歌声に微塵の興味も持っていないのだ。

最後ぐらいは歌いたい歌を思い切り歌ってみようとレンは思った。こんな風になる前、陸に足をつけていた頃好きだったあの歌。教えてくれた男には、もう会えないのだけれど。彼がよく口にしていた歌はいつまでも色褪せない。それほどまでに美しく、気高く、素晴らしい曲だった。レンは咳払いをすると、小さく息を吸い直し、目を閉じて紡いだ。あの人に届けとばかりに。

*   *   *

目を覚ますと、レンは見覚えのない海岸にいた。着ていた筈のドレスはいつの間にか脱がされ、真っ裸だ。命の恩人に全裸を見られてしまったらしいが、レディだと思って助けたのだとしたらさぞかし落胆しただろうな、と暢気に考える。

さて、どうしたものか。辺りを見渡しても、それらしき人物はいない。凹凸のある岩と手触りのいい砂ばかりだ。とりあえず何か着る物を、と立ち上がろうとすれば、顔面の真横に何かが勢いよく飛んできた。一陣の風が吹く。ゆっくりと目線を落とすと、その正体が瓶だとわかる。レンの顔程の大きさだ。もし当たっていたらどうなっていたのか、想像して血の気が引いた。中に何か入っているようだ。コルクを外しそそくさと中身を取り出すと、どうやら海藻らしい。少々ぬめり気のあるそれに、矢印が書いてあった。上を指しているようだ。

上?首を傾げつつその矢印に導かれるまま上を向いた。瞬間、顔にばさっと布が落ちてくる。何事かと両手で引きずりおろすと、日光でよく乾いたドレスだった。これで散策に出かける事が可能になり、身体の力が安心によって少し抜けた。

だが、おかしい。何故恩人は直接姿を現さないのか。介抱してくれた感謝を伝えたくとも、その姿はない。加えて、先程の瓶は何故か。

足元の、寄せては返す波の方角から投げられたのだ。

*   *   *

「お前の瞳、海みたいだな」
「へ」
「触ったら、とぷんって溢れてきそうだ」
「……そう言う事はレディに言ってあげるべきだよ」
「嫌なのか?」
「純粋に恥ずかしいだろう」
「可愛いとこあんのな、お前」

*   *   *

出会わなければこの、身を引き裂く想いすら知らずに。

*   *   *

リューヤの指先が、消え始める。レンと繋いだ人差し指から、徐々に。仕方のない事だと頭では理解していたが、心はやはり素直だった。水の中にいるためか、軌跡は明確にはわからないが確かにレンは泣いている。告げた通りに、そこからとぷん、とぷんと海が生まれていた。ニンゲンは水中では目を上手く開けていられないと聞いていたので、リューヤは呆れて物も言えない。自分のために彼は泣いている。次々と流れ込む海水に抗うように、新たな海を創り続けても、止められない。今身を任せているダークブルーこそが、本来己の生きる場所だと、忘れていた。綺麗なアクアブルーで染めても、意味がない。だから、泣かないでほしかった。勿体ない。その青が消費されてしまっては、消えた後、何を思い出せばいいのだろう。歌声だけでは心もとない。レンを愛していたと言える確かなものが、リューヤは欲しかった。

END



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