※書きたいところだけ!モブとの性的なシーンもあります※



















今日何人目かわからない、男の欲望を飲み下した。
簡単に飲み込めない、と他店で働くレディは苦笑いを浮かべていたけれど、何年も続けていれば自然と、なんだろう、水でも飲むみたいに何も感じずに体内に取り込めてしまう。感覚が麻痺してしまうから、かもしれない。

「レンくんのお口はいつも気持ちがいいなあ」
「ん、ふふ、ありがとうございます」

差し出されたチップを口でそのまま受け取ると、男は嬉しそうにオレの頭を撫でた。足の間に入り込んで上目遣い。この仕草がお気に入りらしい。早くシャワーを浴びたい。感触を殺したい。再度興奮する男性器を両手で包み込みながら、ぼんやりと。

*  *  *

「レン、日向さんから指名入ったぞ。いつものホテルだ、支度して」
「はい」

リューヤさんが今日も指名してくれた。嬉しい。どうしよう、何を話そうかな。
日向龍也。今売れっ子のアイドル。面倒見のいい兄貴肌とそれに見合う筋肉の程良くついた身体で世のレディたちを夢中にさせている。テレビでもよく見かけるのに、浮いた話は一つもないクリーンな存在だ。
そんな彼が何故、うちのような店のリピーターなのか、理由はわからない。しかも、何故か、リューヤさんは、エッチな事をしようとしない。一番料金の安いプランでも、相手を性的に満足させる事は必須だ。それなのにリューヤさんは、オレがいつもと同じように奉仕しようとすると、そういうのはいいんだよ、と笑う。
話相手が欲しいなら、他の店でもいいんじゃないか。うちの料金は決して格安ではない。男のヘルスなんて稀有な存在だ。一部の金持ちが道楽に使う事が多い。
爽やかなイメージで売り出しているから、レディの働くお店には行きたくないのかな。そう思いながら車に乗り込んで、都心から離れたこじんまりとしたホテルへと向かった。

「ご指名ありがとうございます、ショコラルージュのレンです」
「それ毎回やんねーとダメなのか?」
「うん。お店の決まりだからね」

部屋にはもう既にラフな格好に着替えたリューヤさんがいた。ブログを読んでいるから知っている。昨日までドラマの撮影で県外にいたんだ。でも疲れを微塵も感じさせない、穏やかな笑みで手招きをする。導かれるままに膝の上に乗って、ワックスで固められた髪をそっと撫でてみる。身長の大きい男はこうされるのに弱い。

「ハリネズミみたい」
「刺すぞ」
「えー」

子どもっぽく笑うリューヤさん。テレビで見る少し格好つけた笑い方より、その方がいいよ。目尻に寄った皺が好き。上がった口角と、唇の間から見える歯が好き。さり気なくオレが落ちないように腰に回された腕が好き。

「レーン」
「ん?」
「お前疲れてんなー、大丈夫か?」

何でも、見透かしてくる所は嫌い。疲れる理由を思い出させないで欲しい。二人の時は、何も考えたくない。急に押し寄せた現実に、言葉が、胸が、詰まる。
今日は、ここに来る前に三人相手をしてきたよって言ったらどんな顔、するんだい。みんなオレにしゃぶらせて喜んでいたよ。レンくん可愛いねって褒めてくれるけど、その目は欲に濡れ切っていたよ。本番させてって何度も頼まれたよ。リューヤさんみたいに優しい人ばかりの、世界じゃないって、わかってるくせに。

「平気。いつもだから」

沈黙の後、ようやく振り絞って出した声は、掠れていた。瞬間、視界が揺れる。いつの間にか、形の良い耳が目の前にあった。強い力で、抱き締められる。驚きで吸い込んだ息の中にリューヤさんの匂いが紛れ込んで、喉を通って内臓に沁み渡った。

「それ平気って言わねーよ、馬鹿」

そのたった一言で、泣きそうだ。馬鹿は、そっちじゃないか。

*  *  *

あれだけレディとの噂がなかったのに。週刊誌でレディと肩を並べて居酒屋に入って行く姿が切り取られて、世の中に出回って。熱愛や結婚の憶測が飛び交う。ワイドショーを見ながら食べた昼ごはんは味がしなかった。今のオレにとっては、精液も白米も同じだ。しろい、からまる、なにか。噛んで、口内で回して、どうなるって言うのか。
好きな人はいないのって聞いたら、そんな時間ねぇよって、今考えればどう考えても常套句だ。忘れていた。あの、男は、世界中を煌めきで騙す、アイドルだ。

*  *  *

「複数プレイがオッケーになったんだねぇ、レンくん」
「後ろもいいじゃない、ね?」
「太股も、気持ちいいけど、さっ」

咥えた二本と後ろから内股を擦り上げる一本。合計金額はいくらになるのか考えて、自分の価値に換算したら、リューヤさんに会いたくなった。ビュルビュル、と放たれた物を、舌に乗せて見せる。違う。オレは、リューヤさんの本心が知りたい。見たい。心の中が見たい。オレは見せたい。こんなにも焦がれている事を知らしめたい。
熱愛報道から一か月、巷ではもう古いネタとして扱われている。でもそれはあくまでテレビや新聞の中での話だ。オレの、一番大事な部分がズタズタにされて、まだ、一か月しか経っていない。
昨日だって一昨日だってリューヤさんは指名してくれたのに、会うのを断った。ワガママを聞いてもらうからにはと、本番以外のオプションプレイは全部可能にプロフィールを変えて貰った。他の男が、前よりもっと貪欲に、求めて来るようになったから、毎日毎日休む間もなく、仕事に没頭する。

リューヤさんとしておけばよかった。無理矢理にでも。そうしたら、何をされたって、全部置き換えられたのにね。

*  *  *

もうやめろ、と幼馴染の聖川に言われて、自分が想像以上にひどい生活を送っていた事に気付かされる。ただでさえ痩せ型なのに、肋骨か浮き出る程に肉が落ちてしまっていた。大食いだと豪語していたのに、ここ最近の食事の記憶がない。今は、聖川の紹介で始めた健全なカフェでの仕事に就いている。普段だったら素直にあいつの言う事なんざ聞かないが、自分だけではもうどうしようもないと、自覚してしまったので断り切れなかった。
食事をなるべく一緒に、と、一人暮らしの部屋に聖川はわざわざ来てくれる。今日はおでんだそうだ。こたつに入ってテレビをなんとなく流す。無音に近い空間は昔から苦手だった。

『今日のゲストは!今話題のアクション映画limitで主演を務める、日向龍也さんです!』

よりにもよって。バラエティ番組なんて見なければ良かった。チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばす。あの、少し格好をつけた微笑み。拍手をするお客さんに頭を下げながら登場して、司会者と軽快なトーク。何万人もの人が、リューヤさんを見ている。自宅で、仕事先の休憩室で、街角の大きなスクリーンで、その姿は映し出されて売られて行くんだろう。

オレだけのリューヤさんじゃない。

改めて実感した途端、口から本音が、目から水が、溢れ出して止まらない。

「う、りゅーや、さ、あいたい…、やだ、おれだけのりゅーやさんでいて…、やだ…」

後から後から、思い出しては消えそうになるリューヤさんを逃がしたくなくて自分の身体を抱いた。全然足りない。あの力強さには遠く及ばない。なんで。なんであんな風に抱き締めたりしてくれたんだい。ねえ、リューヤさん。他のみんなのように、道具として接してくれた方が、こんな想いをせずにすんだよ。残酷な優しさを、置いて行かないで。ちゃんと連れて帰って。お願いだ。


そっとしておいてくれた聖川には、感謝をしないといけない。しばらく泣き続けたオレに、暖かいおでんと、おいしい炊き立てのご飯、それから、この季節には不釣り合いな濡れタオルを差し出してくれた。

*  *  *

インターホンがうるさい。今日は仕事も休みだし、あいつも来れないと言っていた。生憎、友人はいない。何かの勧誘だろう。そう思ってもう一度ベッドに潜り込むと、今度は扉を直接叩かれる。近所迷惑だ。ここを追い出されては困る。いらつきを携えて玄関まで行き、内鍵は外してチェーンロックはしたまま扉を開けた。

「ご指名ありがとうございます、シャイニング事務所の龍也です」

まだ夢の中にいるらしい。聴き慣れた声と、多分変装なのだろう、下ろした髪にメガネ。細いドアの隙間から、見える、リューヤさんが、本物な、訳がない。

「おい早く入れろって、バレたらやべーんだよ」
「う」
「頼む、レン。中に」
「なんでそういうことするの」

ロックを外して、思い切り腕を引っ張るといとも容易く天下のアイドル日向龍也はオレの腕の中に収まる。嗅いだ事のある香水の匂い。背中に回された手。落ち着かせるように一定のリズムで叩いてくれる。
一番、してほしかった。
そうやって、ホテルでも、オレの話を聞いてくれたよね。子供みたいだから嫌だって言ったら、まだ子供だろって言う意地の悪い返事。言いたい事は山ほどあったのに、呼吸すら上手く出来ないせいでなにも伝わらない。

「もうどこにも、いかないで」
「おう。ずーっとそばにいる」

永久指名ありがとさん、って、耳元で言うなんて信じられない。どうやってこらしめてやろうか。なんにもわかってないみたいだからね、一から教えてあげなくちゃ。

「愛してるよ、出会った時から、息絶えるその日まで」

END



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