細い髪が俺の腕の上でさらさらと音を立てて流れた。胸元に甘えるつむじ。最近発売された、林檎が宣伝しているシャンプーを使っているらしい。ワックスではなくシャンプーの匂いがする。どこか女性的な匂いでも、神宮寺の汗に混じれば違和感のないものになる。これはかなり懐かれているな、と内心嬉しくなった。オフだろうとこいつは、いつでも格好つけたがりだからだ。どんな時でもレディたちの理想を崩すことはしたくないんだよね、と、呟いた顔は立派なアイドルのソレ、だった。

ワックスのついていない毛先は、柔らかく俺の腕を傷付ける。跡が付くわけでも、血が出る訳でもなく。大衆に必要とされている神宮寺レンという存在を独り占めしているのが心苦しい。

「暑いね」
「そろそろ扇風機出すか」
「うちわがいい。扇いで欲しいな」

肩に乗る一人分の重み。強くなる芳しさ。寄り掛かるソファ。冷たいフローリング。

「自分でやれよ、なんで俺なんだ」
「この逞しい腕の真価が発揮されるかなって」
「あー、この細っこい腰だもんな、お前」
「っ、触り方がいやらしいぜ」

明日、嫌われてもいいように、心の準備をしている。
お前が俺を必要ないと思う日が、きっといつかくるに違いない。生徒の時に差し出した愛情を、いつまで恋だと錯覚してそばにいるのだろうか。俺の気持ちは本物だ。お前の気持ちは偽物だ。言ったら否定するだろうから、口にはしない。俺はもうやり直しがきかない。お前はまだやり直しがきく。七海みたいな大人しい女とでも、渋谷みたいな活発な女とでも、どっちでもいい。家族を、作るべきだ。神宮寺は。自分だけの特別な。壁のあった兄弟とも和解したらしい。結婚式は財閥らしく盛大に。花嫁を宝物みたいに見つめて、あのへったくそな笑顔を、笑い慣れていないせいで出来る皺を、こんなにも愛しく思っている俺はその式に出て踏ん切りをつける。

「忘れないようにしねぇと、って思うと焦るんだよ」
「なにを」
「なにもかも、だ」

へんなの、とまた、お前が、嬉しそうに笑うから。

今日のシャンプーの匂いを、またひとつ、悲しい思い出に。


END



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -