神様どうかこの人の。

呼び出された彼の住む屋敷は、鬱蒼とした森の中で威圧感を放っていた。緑の中にそびえるそれは、山の中に隔離して創られるアレに似ていた。実際、彼は少し、大衆より外れた場所にいた。心も、信念も。

「そのうちさ、魔物が来るんじゃないかってね、オレはくだらない心配を毎日しているよ」
「くだらないと思うのであればしなければいい」

鬱陶しい午後の光が差し込む庭で、彼の故郷で愛飲されているという、何故か口内が涼しげになるコーヒーを口に運んだ。装飾のない、バーベキュー用の折り畳みテーブルにはパラソルとかけすぎた練乳の輝くかき氷。今はまだ五月だ。外観を損なっているだけではなく、何もかもが緩い傾斜を描いているようで居心地が悪い。オレの足元ではアレキサンダーが伏せをしていた。いつでも噛みつけるように。目の前の男は劇薬じみたコーヒーを流し込む、淫蕩に。毒を嬉々として取り入れるその瞳は、さながら、なんだろうか。まだ見たことのない、遠方の絵本に出てくる少女が初めて恋をした時の。

「楽しいの、美味しいの」
「日々意味もなく笑ったりはしない、このコーヒーは思ったほど甘くない」
「好きなの」
「なにをだ」
「オレのことを」

誰もパラソルに触れていないにも関わらず、音を立てて骨組みがひしゃげてしまう。無理矢理閉じられた死骸は、おそらく伯爵の心境を明確に表しているのだろう。音に驚いた忠犬は勢いよく見当違いのテーブルの脚に噛み付く。プラスチックが割れる音に、オレの皮肉は掻き消された。大人気ないね、と、伝えたかったのに。

「魔物に食べられたらいいんだ、そうしたら普通の人間になれるさ」
「俺が普通でないと言うのであれば、話し相手になり車を走らせ纏わり付く貴様はどうなる」
「元々、普通なんかじゃなかったよ。バロンに気を持つ、なんて」

溶け消えたのはかき氷ではない何か。かと言ってすぐに新しく何かが生まれる訳でもない。不毛だ。虚無だ。おしまいだ。

「明日は雨だ、迎えに来い」
「行ったらどうなるの」
「どうもしない。俺と貴様の関係は、平行線のまま続く」

神様どうかこの人の心を中途半端に残さずに壊してあげてください。そうしないと先にオレが壊れてしまいそうです。


END



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