毎朝、絶望を殺している。

瞼を押し上げて見える景色に変化はない。埃にまみれたシャンデリアが微動だにせず見下げて来るばかりだ。もし、あの照明器具が揺れれば、きっと凍りついてしまった己の時間も動き出すだろう。
レンは気だるげに身体を起こすと、日光を浴びずに錆びてしまった髪を緩く掻き混ぜる。指通りが衰える事はなかったが、色彩は随分と鈍くなってしまった。太陽に当たると金色に輝いて見えると持て囃されたのはもう遠い昔の話だ。この体質になってからと言うもの、全体的に色味が落ち、陰鬱とした雰囲気が払拭できない。目尻の下がった瞳はどこか濁り、かつては海のようだと謳われた煌めきはすっかり影を潜めていた。健康的な小麦色だった肌は張りを失い、青白く、不健康そのものだ。

目が覚めた彼は、億劫だ、と思う。食事をしなければならないからだ。口内に上手く収まりきらない牙を使い、飲みたくもない血液で腹を満たす。この行為に嫌悪感しか持たないレンは、極力身体を動かさず、永遠に終焉を迎えない時間をやり過ごす。一度血液を飲まずにいたらどうなるかを試してみた所、苦悶と激痛に襲われとても正気は保っていられなかった。身体に巣食った魔物はそう簡単には抜け出ず、勝機はない。とにかく、命を持った者の血を、摂取しなければならない。細胞がサイレンを打ち鳴らす。
しにたい。きえてしまいたい。かなわない。ころしてくれ。
そう、愛する人に、過去誰よりも愛する男と契りを交わし、互いの首筋を噛んでから、彼は、忌み嫌われる化け物に変化してしまったのだ。



砂糖漬けの日々が欲しかった。

吸血鬼が住んでいると噂される屋敷を前に、小さく呼吸が乱れた。あくまで小さく、だ。緊張からくるものだとカミュは自覚していなかった。自身をここまで運んでくれた愛馬を撫で落ち着かせ、屋敷をぐるりと囲んでいる柵に手綱を巻き付ける。鬱蒼と生い茂る雑草に荒れ果てた庭。見渡す視界の中に、生き物の気配は感じなかった。

吸血鬼退治を言い渡されたのはほんの数日前の事だった。一般市民の彼の元に話がきた理由はふたつ。物怖じしない鉄仮面のような冷酷さを持っていると町で評判で、その冷酷さを守る美貌を持ち合わせているから許される、と。隣町からやってきた聖職者は彼に頭を下げて乞う。月に一度現れる吸血鬼を退治して欲しいと。カミュはその程度で騒ぎ立てるなど馬鹿らしいと思ってしまった。その頻度で何故そこまで青ざめるのか、まったくもって理解できなかったからだ。夜な夜なであるならばまだ理解できるが、三十日に一回でこの有様とは。その一度の狩りで狩られるのは男性ばかりだそうだ。大量に。死なないギリギリの所まで血を吸われ、町の入口にゴミ同様山積みにされて帰って来る。おとりになって、ヤツを撲滅する。それが彼に課せられた仕事だった。

納得のいかないままに、背中を押される形でここまで来てしまったカミュは、花壇に目を向けつつ勝手に屋敷の門をくぐる。一つだけ、ツボミを見つけたのだ。なんの花かはわからない、だがしっかりとそこだけ生気があった。アイスブルーの花弁が秘密を漏らさないとばかりに固く閉じている。違和感の塊。足先を屋敷の扉からそちらに向けた刹那。

「最近のニンゲンは躾がなっていないな、どうしたものか」

みすぼらしい男が一人、夕陽の中で死にそうな顔で立っていた。今まで全く気配を感じさせなかったその存在に、カミュは、ああ吸血鬼か、とひどく冷静に思う。こんなものに隣町の連中は畏怖の念を抱いていたのか。お前たちの方がよほど怖い。技術も力も持たない自分に化け物退治を頼むその無神経さ。自分たちが助かればそれでいいと言う押し付けの精神。なにもかも同意できないのだ。

「貴様と話をしようと思ってここまで出向いてやったのに、その口の利き方はなんだ」

こうして、心の死んだ者同士は出会ってしまった。


*  *  *  


ベッドの揺れでシャンデリアも揺れる。それをみたレンは、ようやく面白くなってきたと唇を舐めた。吸血直後と同じ位濡れている。加えて、咥えている己の穴も。

どうしてこうなったのかはあまり覚えていないが、単純に興味があり趣味が合ったのだろう。世間からはみ出してしまったからこそ共有出来る感情がカミュとレンにはある。虚無や、孤独や、それから。

「は、もっと動こうか」
「好きにしろ」

燻る欲がそれだった。出会って三週間、こんな事ばかりして遊んでいる。毎晩、愛情など一切持たずに身体ばかり繋げているのだ。相性は良かった。レンの穴は貪欲にカミュの分身から精を絞り、更には血液までも奪っていく。首筋に立てた牙の痛みにカミュもまた慣れ、目の前で揺れる胸を持っていたステッキで突いた。こうすると締まりが良くなる。虐げられて喜びを感じる吸血鬼なんて聞いた事がない。

「っ、ん、ふふ、なんでこんなに甘いのかな、今日のマフィンに毒でも入れたっけ」
「どういう、意味だ」
「知らないの、ニンゲンって苦しい時ほど血が甘くなるんだよ」

知るか、と言う罵倒も、じゃあ吸血鬼はどうなんだ、と言う疑問も、カミュは飲み込んだ。聞いたらこの関係が終わってしまう気がしたのだ、漠然と。媚肉に意識を集中させようとしてみるも、相変わらずよく喋る相手のせいか快感に浸りきる事は叶わない。汚い音が響き続ける。もしかしたら自分はニンゲンではないかもしれないと、カミュは唇を噛み締める。こうやって餌をやって何がしたい。飼い慣らしてどうするのか。熱い舌が先を強請るように鎖骨をなぞる。興奮はしない。いくら音を立てられても、分身を食まれても、血を吸われても。

「そんな冷たい、顔で、は、ふ、ん、でも、血は、あったかい、ね」


END?



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