紅葉を踏み分けて、公園のベンチに腰掛ける。隣同士に座る、と言うのは、なんだか新鮮だった。いつも、正面からその、美麗な顔を見つめているから。オレンジ色をしたジャケットの裾が風に浮いた。ぶわり、その下に見えたワイシャツはきっちりとズボンの中に入れられていて笑ってしまう。規則に捕らわれて生きているひとだ、と思う。オレとは真逆だとも。

今回のファッション雑誌の撮影コンセプトは、対極、らしい。こう言う撮影は普段聖川と一緒になる事が多かった。確かにあの男とオレは根本から異なる存在だ、お互いにその持ち味を十分に理解している。化学反応が起きて、より素晴らしい歌や作品が生まれて行く瞬間に何度も立ち会って来た。一緒に仕事をするようになって、アイツとの関係は落ち着いてきたように思う。
だが今回は違った。その聖川がテレビドラマの撮影で県外へ遠征。そこで、アイツと系統が似ているイッチーに白羽の矢が立てられたようだ。聖川とは確かに、気が合っているようだった。今読んでいる本も、アイツに教えられて手に取ったものだと知っている。控室の隅で、まるで秘密を共有するみたいに談笑していた。思い出したくもない。

「イッチー、今は休憩時間だよ」
「ええ、そうですね」
「その本はどう見ても休憩向けじゃあないけどねぇ」
「個人の自由です、どう過ごすかなんて」

上がらない目線。文字を追い続ける。
そうだな、追われてみたいな、オマエにさ。そこでじいっとしているだけなのに、イッチーに気に掛けてもらえる黒々とした羅列を羨ましいと思うだなんて。紙の中でオレも息が出来たなら、もっと、その視界の中に。

しっかりと本を支える手を握ったら、きっと怒ってしまう。なにをするんですか、と、ヒステリックにレディのように叫ぶのか。静かに本を閉じて睨みつけて来るのか。見え隠れするのは愉悦。表裏一体なのは拒絶。イッチー、オマエがオレを信用していると知っているからこそ、踏み出せないよ。怖くて、怖くて、たまらない。撮影中に寄り添う背中から、足先から、勘付かないで欲しい。敏い子だ、知らないフリなんてお手のものだろう。もしかしたら、自分に関連する出来事には疎いから、本当に気付かないままオレの隣にいる可能性もあるね。ねぇイッチー、こっちを見てくれないか。そのね、確固たる自信に満ちた瞳で無理矢理隠している弱さを、分けてくれていいんだよ。一人じゃないのに一人だと想い込んでいる、ああ、愛しい人。孤独に慣れてしまったオレたちは、ソックリなんだよ。二人でいれば、もう、我慢も涙も必要ないのにね。行動に移せないから、ダメなんだろう。

□ □ □

居心地の悪さに、顔を上げられない。何故わざわざ隣に座ったのでしょう、この男は。他にも座る場所はあるでしょう。首に巻いた紫のストールの裾が私の膝の上に乗る程の至近距離。風にさらりと靡いた少し外に跳ねる橙。心を許した相手にはどこまでも接近したがるのは悪い癖ですよ、だなんて。言えるはずもなく、栞を弄ってしまう。純粋で狡いひとだ、と思う。私とは真逆だとも。

カメラマンの声がどこか遠くに聞こえた撮影中。香ったのはどこか大人っぽい刺激的な、それでいて甘いフレグランスでした。改めて、今日は音也ではなくレンと一緒に仕事をしているのだと思い知らされる。あの大型犬のような男は、柔軟剤と不快にならない程度の汗の匂いしかさせていない。それから仕事中にも明るく話しかけてきます。
レンは指示を出された時も、こちらの動きをくみ取って、ぶつからないように配慮の出来る人です。その場に馴染むのも、空気感をがらりと自分色に染め上げてしまうのも、どうやら得意のようです。仕事の最中は、必要最低限の会話しかしません。いつもの軽率さは、アイドルという四文字の後ろに隠れて消えるのです。誰かに強く求められないと輝きを失ってしまう。脆弱ですね。そこが私は愛おしいのですが。

「それを言われたら黙るしかないじゃないか」
「わかっているのなら、黙ればいいでしょう」
「えー、寂しい事言わないで、おにーさんとお話しよう」
「話相手ならば」

下がる声のトーン。周囲を見渡す。
私でなくとも話相手なんて腐るほど周りにいるでしょう。柔らかく、温かく、あなたの冗談に付き合ってくださる素敵な方々は。どうやっても私はそんな風にはなれません。黄色い声を上げる事も、その冗談に笑う事も。

寄り添うあなたに触れられたら、それだけで十分です。他に何が必要だと言うのでしょう。愛する人が、私を愛する可能性が、皆無なのです。あらゆる方法を考えてみましたが、私もあなたもあまりにも存在を世間に認知され過ぎています。アイドルとしてまだ駆け出しと言えど、HAYATOであった私と神宮寺財閥の三男と言う立場のレン。無数の目が、観察して居る。僅かに見えた隙間から、いつ破綻してもおかしくないのです。他は何も見えない、あなたしか見えない、私とは違うのです。こんな時代ですから、人の恋路を邪魔しても死にません。無粋な真似をしても馬も豆腐も食べられておしまいです。私が本当に食べたいのはあなたですよ。自分がそんな風に扱われるだなんて微塵も思っていないあなたの、男性にしてはひどく細い線が、景色に溶け消えてしまわないように抱き締めたい。時折見せるくすんだ微笑みにはどんな秘密が隠されているのか、私だけに教えてください。

□ □ □

「ねーねー、マサー」
「どうした」
「言ってあげた方がいいと思わない?」

一十木は撮影の合間に俺の隣へと歩み寄る。手に持った紙コップからは湯気が立ち上っていた。十月の風がひどく冷たい。
他の目を気にしてか、いくらか声に低さを含んで問われれば、何の事だと返しかけて気付く。一十木の目線の先には、宿敵、かつ、幼馴染である男と、読書仲間の一人である男のインタビューが掲載された雑誌があった。スタッフさんの誰かが読んでいたものだろう。そう言えば今度またファッション雑誌で共に仕事をするらしい。どこか楽しそうに、聞いても居ないうちから話してきた。

「本人達の問題だろう。手出しはするな。あの二人の行く末を思うなら尚更、だ」
「お互い大好きなのにね」
「一十木」
「もー、そんな怖い顔しないでよ!」

何かと敏い一十木だけならまだしも、色恋に疎いとされる俺にすら悟られていると言うのに、現実はやはり上手く行かない。そう簡単に事が運ぶとも思わないが、もう少し、何か、あの不器用な男たちに希望があってもいいのではないだろうか。

「…今度、俺の部屋に泊まりに来ると言い」
「え、マサ、それって」
「撮影再開だ、行くぞ」

願うのは小匙一杯分の砂糖程の、恋の奇跡だ。


END



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