俺の心はぐっちゃぐちゃの豆腐だ。

そんな事も知らずにレンは今日も可愛い女の子を口説いて、レン様素敵〜って言われて、笑顔でその子の本命にならない程度の愛を囁く。知!っ!て!る!よ!俺の好きと女の子の好きは何が違うの?好きって言う字は女の子で出来てるからって、別に男が好きって言っちゃいけない決まりはないし、同じじゃん。発音だって意味だって通じていない訳じゃないでしょ?ねえねえねえふざけてるのなんでなんでなんで好きだよ好きだよ好きだもう季節が変わるの何回目?

って本人に言ったら情緒が足りないってばっさり吐き捨てられた。朝早くに浴びせられる水より冷たい。小馬鹿にしたように、わざわざ肩を竦めて見せる。俺の心は案外脆い。厚揚げじゃなくて木綿豆腐。それよりもっと柔らかいか。絹ごし?レンの言葉に真ん中に切れ目が入った。

すとん!

研ぎ澄まされた包丁の切れ味は抜群で、そこから一気に崩れて、どうにかこうにか、はーと型だった豆腐は形をなくしていく。ぐちゃぐちゃと、菜箸で抉られて行くような感じ。この感じ。今までまともに恋愛なんてしてこなかったから、そうか、これが恋の痛みとか言う奴なのかな!わからなくて俺はレンに、もういっかい好きだよって言ってみようとしたけど、上手くいかない。ぽたぽたと水を垂らした豆腐は、俺の体の下の方へ下の方へ行きたがる。このままだと足元は心と同じようにぐしゃぐしゃになって、動けなくなりそうだ。怖い。十代半ばの俺はたった一つの恋に縛られて動けなくなってしまうのか、怖い。レンに好きと伝える事はなにも怖くなんかないのに。
同じ施設で育った子達は消耗品のように恋をしている。好きだと言い合えば大体の場合は上手くいくみたいだ。羨ましい、とは、思わない。恋が始まる時、みんなこの人といつまでも一緒にいたいって思わないのかな。簡単に離れるなら、最初から好きなんて言わなくていいんじゃない。

俺の豆腐がふるふる震え出す。切られたからって、ぐちゃぐちゃにされたからって、完全に形を失ってしまった訳ではないから。俺はレンのそばにいたい。ずっとずっとそばにいたい。
レンは、俺が、レンを恋しく思う気持ちを消さないって思っているからあんな風に馬鹿にするのかな。女の子と同じだと思っているんだとしたら、許してあげない。

「俺、レンのこと好きって言ってたけどさ、他に好きなコ出来たんだよね」

口からも包丁が生まれる。レンの豆腐を目掛けて、びゅん!と音を立てて飛んで行って、危ないかな、とか、そのまま身体を引き裂けばいいのに、とか、同時に湧き上がって来て。

ずどん!

え?

大きな音。俺の豆腐が潰された時よりも、よっぽど。目線の先にはもちろん、レンしかいない。その場から動かずに、胸元からだらだらと豆腐に含まれる水分だけが落ちて行く。刀身を伝って、地面にはあっと言う間に水たまりが出来上って行った。

「へぇ、そうか」

呟いた声に覇気はなくて、迷子になった子供みたいで、ふつふつ生まれる哀しみのやり場に困っているのがよくわかる。

「レン」

あの包丁を深く突き刺す事も出来る。こっちはぐちゃぐちゃにされたんだから、仕返ししたって良いはずだ。しかもそれは一度じゃない。何度も何度も、無慈悲に繰り返されてきた。でも、俺から嫌われたと、興味を失われたと、勘違いした瞬間にとめどなく水を垂れ流しにしてしまう、弱いレンがどうしようもなく好きだ。あれだけ悲惨な状態だった豆腐は今となってはすっかり元の形を取り戻していて、レンを好きだと思えば崩れたって食べられたって落とされたって、俺の豆腐はすぐに元通りになる事を再確認する。恋ってそういうものだ。

「ごめんね、うそ」

抱き締めたら、レンの豆腐に包丁はもっと刺さる。そこから更に溢れた水が俺の肩を汚したけれど、不快感はイチマイクロだってなかった。

今日は二人で冷ややっこを食べようよ。話はそれからだ。

END



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