私は、神宮寺レンの良さが、わからない。

親友が、アイドルグループ、スターリッシュのセクシー担当、とかなんとかの彼が大好きだ。そもそもそのグループ自体にもあまり興味がないのに、その男のシングルCDやらDVDやら雑誌やら写真集やら、それはもうご丁寧に全部見せられちゃったらねえ。嫌気もさすよ。それにさ、七人いるのになんであんなキャラが濃い奴を選ぶかね。女の子のために生きているような、あんなチャラ男にやらんぞ、私の親友は。

「この人ほんっと口開く度に子羊ちゃんだのレディだの言って来るな!すげーわ」
「ステキでしょ!かっこいいでしょ!!握手会とかもすごくてねー」
「あーはいはい。レディ、その話はまた今度ね?」
「や、やだ!似てる!もう一回!」

それはもう楽しそうに、彼女はライブDVDを見ている。なんでも昨日発売されたばかりらしくて、いつもライブに行くメンツは遠くにいるから一緒に見られないんだとか。けどこれライブ行ってなかった?何回見ても面白いの?遠征だーとか行って北海道や福岡まで行ってたのにまだ見るか、そうか。私には彼女のように情熱を傾ける趣味がないのでイマイチわからない。バイトで稼いだお金は貯金と友達と遊ぶために使う。ああ、お菓子とか服にも。彼氏は別に今のところ欲しくないのでいい。
ライブに誘われたけれど、行かなかった。彼らを、そして神宮寺レンを見て、彼女が泣く事を知っていたからだ。マジでか、とドン引きだ。今も、彼らが歌うバラードに画面が切り替わった瞬間静かになった。持っているツアータオルとやらを握り締めて、微動だにしない。異空間。隣同士でカーペットの上に座っているのに。私の触れられない、一種の神聖なやり取り。瞬きしない彼女の瞳の中に閉じ込められる、液晶越しの男は、知っているんだろうか。

神宮寺レンは、作り物みたいで少し怖い。誰かが嫌だと思う事をしない気がする。バラエティで話していても、ライブで歌っていても、ドラマで演技をしていても。喜ばせる、楽しませる、笑わせる。アイドルとしては完璧なのかもしれない。でも、なんだろうか、もっと人間味があった方がいいんじゃないの、とファンに聞かれたら怒られそうだなあと思いつつ感じた。
神宮寺を応援する親友は、彼の言動や行動、歌で一喜一憂するっていうのに。ズルいじゃん。愛想笑いばっかりで。ふってかっこつけた笑い方がムカつく。そうじゃないじゃん。バラエティで相手チームに負けたならもっと悔しがればいいし、フリートークで無茶ぶりされたら困ればいいんだ。平気ですって顔して、メンバーの中でも騒がずに見守るスタンスを貫いて。何を言われても傷付かないビー玉だね、転がってどっか遠くに行けばいいんだ。もしくは割れればいいんだよ。そうして、ひびが入った箇所からバキバキとその全身を覆っている飴細工を壊してさ、もっとさ、人間になんなよ。

「あー、帰る」
「んぐ」
「そのままでいいよ、すまん。じゃあまた明日ね」

何か言いたげな彼女を残して、胃が暴れ出すのを抑えつつ部屋を出る。視界に入ったタオルはしっとり濡れていたし、彼女の白目は恋の色をしていた。

真っ直ぐ家に帰ろうと思っていたら、お母さんから晩ごはんに使うカレールーを買い忘れたから買ってきて、とメールがきた。めんどくさい。すごく。でも買って帰らないと晩ごはんはこのまま野菜と肉のしゃびしゃび水煮。仕方なく帰り道にあるスーパーに寄る。
ラッシュの時間は過ぎたのか、人はまばらだった。特売セールがうんたらの大声を避けて、カレールーを探す。うちで使ってるメーカーはどこのやつだっけと思い出しながら歩いていたのがまずかった。影が降って来た、と思った次の瞬間には、目の前の人とぶつかっていて、軽く後ろにのけぞる。
衝撃、からの、背中を支える腕。顔が押し付けられた先からは甘ったるい薔薇の匂いがした。

「ごめんねレディ、大丈夫かい」

レディ、だぁ?聞き覚えがあるその表現に思わず顔を上げた。もっふもふの黒いコートと前髪の隙間から、私の苦手な微笑みが見える。唇だけがやけに浮いて見えたのは、かけているノンフレームの眼鏡のせいかもしれない。分度器っぽい完成された口から零れた心配の声は吐息たっぷりで鳥肌が止まらない。もちろん、悪い意味で。

「すみません。ケガとかないですか神宮寺レン様」
「おや。こんなにキュートなレディがオレの名前を呼んでくれるなんて嬉しいね」

身体を離しながら嫌味を込めて返してみるも効果はないらしい。どうなってるんだろうそのポジティブ思考なんなの。やっぱり私という一庶民とは違う生き物だな。うん。
それにしてもスーパーに溶け込めてなさ過ぎ。柄を間違えて擬態したカメレオンか。ここおばさんか子どもばっかりで、私みたいな大学生すら他にいないのに膝下まであるコートに羽?か、なんかがついたハットとか正気か。身長も大きいしさ。

「いらぬ世話だと思いますけどバレますよ」
「冗談だろう、普段より大分抑え目のファッションにしてきたんだ」

こいつやべえ壊滅的なバカだビンタしたい。アイドルがみんなこうだったらどうしよう常識がこい。ねえ。ちょっと。オレンジの安っぽいカゴが高貴に見えるのは結構なんだけど、関わり持ちたくないし私の欲しいルーはあんたの後ろにあるんだわ。衝撃で思い出したそこだけはお礼を言おうありがとう。
動揺して言いたい事を全部飲み込んでしまった。にやにやしながら私をじっと見つめて来る。正直、気落ち悪いので一刻も早く帰りたい。ルーとかコンビニでいいじゃん。もういいじゃん。

「キミの家もカレー?」
「……そうですよ」
「オレの家もね、今日カレーなんだ」

焦る私にお構いなしにヤツは話しかけてくる。商品棚から頭がはみ出してるから視線が刺さり始めた。野菜売り場のおっちゃんがこっちを訝しげに見てるよ。あんたは慣れてるからどこ吹く風かもしれないけど。耳に髪をかけるなエロい。
少し、意外だった。親友が言うには、この男は確か財閥の息子だ。つまり金持ちなんじゃないだろうか。だったらこんな、都心から離れた寂れ気味のスーパーになんて来ずに、銀座かなんかで老舗の一般人は滅多に食べられない美味しくてほっぺたが落ちそうになるものを食べたらいいんじゃないの。
番組の企画ではないらしい。家、だって。でも家庭環境が複雑、なんじゃなかったかな。案外覚えてるもんだね、何十回も聞かされたしね。

「そのお使いを頼まれたんだけど、少し困っているんだよ。シャイニングカレーのルーがどこにあるか、キミが知っていたら教えて欲しいんだ」
「え」

うちで使ってるのとおんなじだ。

噴き出した。だってあんなにキラッキラしたテレビの向こうにいる人なのに、辛党向けの香辛料がたっぷり入ったルーを鍋に溶かして食べる所を想像したらもう。もしルーを買って帰らなかったら、買いに来てるんだからそれはないんだけど、もしうっかり忘れたらしゃびしゃび水煮になっちゃうって事だよね?違う種類の奴買ってったら、これじゃないでしょって怒られでもするのかな。自分で作るんだろうか。いやでも、カゴに入っている野菜はどう見ても一つの家族分くらいはあった。
笑う私をきょとんと見つめる目は段々と困惑に染まり出して、レディどこか痛いの、なんて不安げに聞いて来る。私は込み上げて来る笑いを押し殺すために多少前屈みになって口元を押さえて震えていたから、発作でも起きたと勘違いしているらしい。

優しく背中を撫でられる。ブラのホックに指が引っ掛かったら、びくんと一度、離れたのに、恐る恐るまた、何度だって撫でてくれる。あの、神宮寺レンが。キミのこと攫ってもいいかな、とか言ってる癖に、その触れ方はどこか不器用だった。たどたどしい手つきから伝わるのは、きっと、このあったかい魔法のかけ方を最近覚えたばかりなんだろうな、って事だ。

「っふ、神宮寺さん」
「外に車を停めてあるから病院に」
「違うんです、うちとルーが一緒で、なんだかそれって、すごく嬉しいなって」

なんだ、ただの人間だ。私たちとなんにも変わらない、人間なんだ、この人は。

絵本の中の王子様と決めつけてかかっていたのは私の方だった。あんなに彼女が教えてくれていた話も上辺だけしか聞いていなかった。親友を取られた気がして嫉妬もしていたんだろう。目の前にしてようやく、この男の魅力がわかった。きちんと感情もあるし、一挙手一投足にらしさもある。なにより。

「キミとオレとを繋いでくれたカレーに感謝しないとね」

自然と出てきた笑みは、色気なんて影を潜めて可愛い。元々たれ気味の瞳が細められる。唇は片側だけじゃなくて両方きゅっと上がっていた。皺がつく。筋肉が動く。素肌が息をする。なんだっけ、ほらあの、ノックアウト、だっけ。あれだよあれ。今日からファンになっちゃったよチクショウ。無邪気な笑顔はね、普通の人でも素敵なんだから、こんなに美しい人がしたら心臓破裂すんだろって言うね。おいもう美しいとか思い出したよ!もう!すっかり!やれられてるよ!

「そうですね。うん、ありがとうカレー」
「ありがとう。いい子だね」
「いやいやいや。は、私の友達が神宮寺さんの大ファンなんですけど、写真とサインと、てか電話!電話で話してあげてくれませんか!ルーの場所教えるんで!」
「んー、本当は良くないんだけどね。今回は特別、かな」

骨抜きになった所で、そうだ親友に今までの謝罪の気持ちをこめてなにかを、と頭を下げる。そうそう、あの子がいなかったら下手したら存在すらも知らなかったかもしれないしね。テレビあんまり見ないから。思ったよりもすんなりオッケーが出て、携帯の着信履歴からリダイヤル。そっと渡すと任せて、とウィンクされてしまった。息をするように恥ずかしい動作してくるなこの人。

「もしもし。ふふ、だーれだ、え、レディ待って切らないで…!うん、うん、ごめんね、驚いたね」

スピーカーにしていなくても聞こえてくる親友の声と、それに対応する柔らかな声。そろそろおっちゃんがこっちに向かってきそうなので、二人分のルーを手に取ると電話で話す男の腕を引っ張りレジに急ぐ。

「そんなに昔から。本当にありがとう。レディからの応援がオレの中で花となって咲き続けるから、ずっとステージに立っていられるんだよ」

見直した途端これか。おい。腹立たしいのでブーツで長い足を軽く蹴る。変な声が出てレジのおばちゃんがガン見だ。まずい。

今日のカレーはきっと、とてつもなく美味しい。

END



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