寒くてふるりと身体が震えた。

目が覚める。どうやら暖房が切れてしまったようで、手探りで枕元のリモコンを探す。探す指そのものも、寒さ故に小刻みに揺れていた。なかなかリモコンは見つからずに、腕を伸ばせば脇にすら滑り込んだ寒気。いつの間にか毛布も掛け布団も肩からずり落ちてしまっている。
ふと腕を戻し、そんなに寝相が悪い覚えはないが、と、思考を巡らせつつ隣に瞳を寄せれば、納得が行く。自分より余程寒がりな男が、繊維を多く纏っていた。枕に散らばったアオは窓の外の夜空より濃淡があり、かと言って宇宙のような絶望的な悲哀はなく、言い得ぬ色香を感じて、散々乱れたと言うのに腰に甘過ぎる背徳感が走る。上下する、胸元に、好意を、行為を、思い出す。幾分か白い肌の、慣れた手つきの愛撫は常に自分を最優先していて、たまには好きにしたらいいのにと、溶かされながら言葉に出来ずに2人の間で滲ませた。

脳裏に浮かぶ物思いの所為か、どうしようもなく、今は上手く見る事が叶わない唇に触れたくなってしまう。人の気配と気持ちと変化に敏感なこの男を起こさないように、触れると言う行動をするのは、至難の業だ。とりあえずまだ寒いままなので、頭まで毛布に埋もれた。極力音も動きも無くして。

瞬間、男の腕に身体を強く抱き締められた。意味がわからずに色気とは真逆の所にある声を短く上げてしまう。

「どこにもいかないでください」

起きていたと言うよりは、本能的に僅かな空気の震えで起きてしまったようだ。まだ少し寝ぼけているのだろうか。普段から低い声は、より一層掠れて淫猥になっていた。にも関わらず、舌足らずで紡がれた音は余りにも幼稚な内容。更に力を込めて抱き寄せられると、丁度男の胸元に額が当たる位置になる。
回された腕の先にある5本の虫は、背中を頼りなく這った。肩甲骨の隙間に入り込んだり、はたまた背骨を数えてみたり。冷え切ったそれは凶器にも思えたが、あまりに優しいので、文句は言わずにさせたいようにさせておく。この恋で故意に孕んだ熱で、その冷気を奪えたら、全てを、奪えたら。

「きすしようとおもっていたんだよ」

先程男の声を淫猥だと表現したが、己も大差ない声をしている。だが生憎、胸元で動いた唇が擽ったかったのか、身体を曲げた男を煽るつもりは、今はない。欲しいのは、口と口を触れ合わせて生まれる、形容出来ない、あの、感情。

「おいで」
「うん」

解放されて直ぐに、男に跨り顔を出した。布は邪魔だと、あんなに寒さを感じていたのに後方へ退ける。震えはもうない。
いいながめです、と呟かれたので、おれも、と返せば小さく笑われた。今度は腰に回された腕に、手を乗せた。先程された様に、血管や筋を辿ってやる。そうすると徐々に血色が良くなってきたそこに色味が増し出して、思わず口角が上がった。

揶揄する言ノ葉を吐き出そうとした刹那、堪らなく欲しかった、肉の癖に水気の失せた山と半月とに塞がれる。音を軽く立てて、何か呪いでもかけているのか、何度も何度も何度も。口内に溜まってきた液体を塗り付けるために赤い蛇をちらつかせれば、さも当たり前だとでもいいたげに男の蛇もしなやかに動き、絡まり合う。乾燥していた互いの口唇はあっと言う間に潤いを取り戻して、例のせり上がる感情も留まる事を知らない。もっと欲しい、とは言えずに、深めて行くことで、感情を表す。聡い男は気付き、行動に見合った行動を返してくるのだ。ひたすらに、嬉しい。ひたすらに、愛しい。赤い糸らしい意図がなくとも結ばれて行く。

伸び上がっていた男は流石に苦しくなったのか、遠慮がちに顔を離した。自分も途中から身を屈めてはいたが、元々平均値より高い身長だ。あまり意味を成さなかったらしい。

「くびがいたいです」
「はは、ごめん」

首を撫でてやる。外からはわからない痛みが相手を支配しているのは腹立たしいので、指先で軽く揉むのに力が入ってしまった。謝罪をしている筈なのに。痛みを分かち合えない事、痛みを与えてしまった自責が何故か指先から零れ落ちてしまう。
だが男は、彼は、…恋人は、甘んじて受け入れていた。目線を合わせれば、どうしたのだ、と髪を撫でつけられる。端々に感じる子供扱いに首を振ろうと思ったが、困ったことに心地良い。梳く、梳く、と、育つ、愛情。

「まださむいでしょう」
「ん」
「こちらに」

耳朶を軽く噛みながら吹き込まれた魔法に、頷く。ベッドを軋ませて、より密着して、髪の中に手を突っ込んだ。くっ付いて、1つ強く思うこと。


アナタの隣にいられるならば、何も何も要らない。
それだけだ。たった、それだけなのだ。

肩に額を押し付けて甘えていると、不様なクシャミが盛大に響いた。大丈夫かと尋ねれば、あっためてくださいよと囁かれ、しかし鼻からは鼻水が顔を出していたものだから。

夜中にも関わらず声を上げて笑い、拗ねた唇を吸い上げる幸せ。


終わって逝く今日、始まる明日。
(忙殺の中生きていく術)


END



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