ピアスホールを、真由の呼吸が擽った。

それだけでしにそうになるのにこっからどうすんだ、と、実琴は彼の背中をきつく掴む。自分のものとは違う、糊のきいた、筋肉質な身体を包んでいる衣類に幾筋ものヒビが入った。息も上手く出来ないくらい、近くて。肩に押し当てた口からは、だらしなく唾液が滴り落ちる。一度、下唇を噛み締めて声を抑えようと試みた時に、ダメでしょう、と静かに叱られてしまったせいでそれも出来ない。あの時の、子どもを諭すような語り口が、とても、怖かった。年上は、彼よりも七百日は多く生きているのは、実琴なのに。慈しみを含む言葉尻は柔らかかった。馬鹿にされている、と感じた訳ではない。この男は本当に自分の事を好きになってしまったのだと、背負ったものの重みを実感したのだ。

彼が好んで着る私服も、今こうやって自分を触りながら触れる制服も、憎たらしい程夜に似た色をしている。そのせいで、じんわりと吸い込まれていく、口内からとめどなく流れて行く涙は隠しようがなかった。色濃く残る恋の跡に、更に羞恥を煽られてしまう。はしたない、いけない、きたない。うなじを辿る指は普段、まだシャープペンシルを握って黒板の授業内容をノートに書き写しているのに。否、面倒くさがりだから、そんな事はしていないのだろうか。場違いな想像をしてしまうのは、現実逃避の表れかもしれない。

服は、脱がされていなかった。今、実琴は、体操服とジャージ、といういで立ちである。
風邪で休んでしまった分、体育の持久走の補講を受けた格好で梅太郎の部屋に来てしまったのがそもそもの間違いだったかもしれない。体力がなく、着替えるのも億劫になってしまい、ここで着替えればいいと考えていたのだ。梅太郎は千代と画材屋に寄って来ると言っていた。二人の邪魔をしても悪いと思い、疲労を引きずったまま座っていると、チャイムの音。偶然にも、真由が再び実琴の資料を返しに来たのだ。家に着いてから連絡をする予定だったらしい。
彼の頭を撫でながら後悔する。黒髪はさらさらと綺麗に流れ落ちて行った。今は掌が場所を変えて腹筋を撫で回しているので、こちらの行動はあまり気にして居ないようだ。うなじは、弱い。腹は、多少、むず痒いくらいだ。若干の余裕が出来て、大きく呼吸をする。柔軟剤をまとわない新鮮な空気がひどく久しぶりな気がした。
到着してすぐに着替えればよかった。既に体力がなくなっているというのに、まだ元気のありそうな彼の相手をするのはなかなかに厳しい。このまま、いつものように、なだれ込んでしまうのだろう。



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