頭に乗せた手ぬぐいから、ぼわり、と熱が逃げていく。

日向と黒崎は同時にゆるりと息を吐き出す。適温に設定された湯は、二人を優しく癒す。トレーニングで流した汗はこの広い浴場の中に入ってすぐに洗い流した。ランニングマシーンとのランデブーは思ったよりも筋肉へと色濃く愛を残したようで、日向はそっと己のふくらはぎをマッサージする。対する黒崎はその様子をじっと凝視すると、普段丁寧に彩られているが今は素直さと幼さのみが残る目元を悟られない程度に和らげた。あの日向龍也でも疲労を覚えるのだ、と、人間らしい一面を見て安堵したのである。
普段の彼はどこか、サイボークじみていた。疲れてはいるのだろうが、そんな素振りは人前では一切見せないのだ。加えて、頼れる兄貴分である日向は様々な期待や要望にヅマートに対応する。何かに迷っている者がいればヒントを与えながらも直接回答を教えることなく導き、自信をなくしている者には叱咤を、努力をした者には称賛を、絶妙な加減で与えている。いまどき珍しい熱血漢だが、それを疎ましいと口にする者がいないのがなによりの証拠だろう。

そんな先輩と風呂を共にするようになったのはいつからだろうか。湯気や水分でワックスが落ち、ぺたりと従来の姿を取りも出した髪を粗雑に触りながら黒崎は思い出そうとする。もう三ヶ月になるだろうか。最初は、こことは別にあるシャワールームでざっとジムでの汚れを拭って帰っていた。日向がこのジムを使っていたことは知っていたが、お互い多忙である身なのでわざわざ示し合わせて、という発想には至らなかったのだ。
たまたま、ばったりと鉢合わせをして、せっかくだしひとっ風呂浴びていくか、と誘われたのが始まりだった。単なる気まぐれだったとしても、尊敬する人物からの誘いは嬉しくて。緊張も勿論したが、聞きたい事柄は山ほどあり好奇心がそれを凌駕した。

「そういや最近よ、あのインストラクターがな、すげー触ってくるんだ、俺の尻を」
「日向さんもされてるんすか」

ごつごつとした岩で出来た浴槽で滅多に伸ばせない足を思い切り伸ばしながら、日向が突然ぽつりと漏らす。どうやら、一週間ほど前から筋力アップのためにつけた専門家の話のようだ。言われてみれば、黒崎にも思い当たる節があった。筋骨隆々でよく日焼けしたその男は、武骨な手で無遠慮に体に触れてくるのだ。もっとここに力を込めて、と言った具合で口調こそ指導者らしいが、あからさまに鍛えている個所と違う、下腹部周辺や臀部を撫で回していた。拒絶しようにもこちらから依頼しているので無碍には出来ない。そして腕はいいのだ。まだついてもらって間もないというのに、腕や腹が引き締まってきているのだから。

「やめろ、とも言えねぇし」
「たまにこう、ぎゅってしてくるの怖ぇ」
「つねってくるよな?!」

熱が入ってしまったのか、日向が思わず立ち上がると、ざばん!と湯が勢いよく揺れた。他に入浴者はいなかったため被害は最小限ですんだが、黒崎は顔面に四十度近い熱を一気に受けてしまい目を瞑る。予想していなかった攻撃に避ける間もなく。乳白色の悪意なき殴打は、彼も立ち上がらせてしまった。

「おわっ」
「すまん!」

長身の男二人が、湯船の真ん中で何をしているのかと。手ぬぐいで顔を乱暴に擦られた黒崎は、く、と笑ってしまう。石鹸の匂いが顔中に押し当てられて痛い。それでも、ふつふつと、それこそ温泉のように湧きあがってくる笑顔の素は留まるところを知らない。

「お、落ち着けよ、ふ、なんでそんな慌ててんすか」
「いや、大人気なかっただろ。まさかお前もされてるなんて思わなかったからな。なんで笑ってんだ」
「何でもないっす」

こうやって日向と風呂に入っていると、衣服も世間体も脱ぎ捨てた彼が、たくさん見られる。それはなんだか、とても尊く、美しいものに、黒崎は思えて仕方ないのだ。
宥めながら、手ぬぐいを取って。対策を考えながらコーヒー牛乳でも飲みましょうか、と口にすると、日向は無邪気にそれいいな、と随分丸くなった銀色の髪を軽く掻き混ぜた。

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