第二話 目覚ましい発見

リックはカフェから戻った後、午後の仕事へとくり出した。
デスクのPCに届けられるのはやはり、変わり映えのない実験データばかり……。

先ほどの男――ハウルにもらった粘菌ならどんなデータをはじき出すのだろうか……。

慣れた手つきでデータを整理しながらぼんやりと考える。
もしも、男の言う通り、繁殖力も活動性も高いなら、研究は格段に進むだろう。

だが……、とリックは思案する。

自分がこの粘菌を研究チームに持って行ったとして、成功したところで手柄がリックのものになるのだろうか。
どうせ豚みたいに名声欲や権力に貪欲な連中だ、恐らく手柄はアイツらに独占されるだろう。
そう内心で苦々しく吐き捨て、こみ上げた不快感に唇をひん曲げた。

それに、リックはその逆のことも心配している。
ハウルが嘘をついている可能性についてだ。
あんな人のよさげな笑みを浮かべていた男を疑いたいわけではないが、どうも出来すぎた話だと胡散臭いものを感じてもいる。

もしもリックが粘菌を研究チームに持ち込んで、それが大した結果を出さなければ、組織におけるリックの信頼は失われ、"功を焦って嘘をついた人物"として後ろ指を指されるようになるかもしれない。

それだけはどうしても避けなければ……。

リックは深々とため息をつくと、ちらりと時計を見る。
まだ午後の業務が始まって一時間もたっていない。

仕方がない……。
リックはこころもち眉間にしわを寄せ、キーボードを叩き始めた。


――数時間後――


リックは周囲に誰もいないことを確認し、そっとその部屋のドアを開けた。
40cmあるかないかくらいの隙間を開けて素早く身を滑り込ませ、慎重にドアを閉める。

もちろん部屋の中に誰もいないことは把握済みだ。
何せ、研究チームの連中は定時で上がって街で飲んだくれるのが日常だからである。

企業スパイを警戒してなのか、この研究室には廊下に面した窓はなく、電気を点けたところでそう簡単にはばれないだろう。

リックは最小限の照明を点け、検証実験に必要な装置を立ち上げ始めた。

――ヴ―ン

鈍い音をたてて機械の中で照明が点く。
その内部に収められた容器を照らすそれは、まるでスポットライト。
これから始める実験(ショー)を余すところなく照らす光だ。

リックは手近なデスクに腰を下ろし、ディスプレイを起動させる。
ディスプレイには、容器を真上から映したのだろう、映像が表示されていた。
その容器はまるでマウスの実験に使うような迷路だ。
全体としては一辺が60cmほどの正方形をしており、その中はいくつもの分岐に行き止まり……人間が解くにしても困難をきたしそうなほど難解なものである。

「さて、始めるか」

誰にともなくつぶやき、リックは迷路の端、壁の無いに二つの地点にそれぞれタブレットを置いた。
このタブレットは粘菌が好んで食す成分が含まれており、このタブレットにたどり着くまでの時間および粘菌の覆った面積からその繁殖力や活動性を知るのだ。

鞄に大切に入れていたシャーレには、生命力が強いというのは本当なんだろうか、びっしりと繁殖した粘菌が息づいている。
リックはその一部を慎重に取り出すと、迷路の中央、少し広く空間のとられたそこへ落とし込んだ。
広大な迷路に対し、粘菌の塊は小さく、頼りなさげに見える。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

一瞬の静寂の後、粘塊は滲んだかのように広がった。

お……?と目を凝らすリックの前で粘菌はどんどんと枝を伸ばし始める。
まるで空に伸びゆく梢のように枝分かれし、複雑な模様を描いて。

そのスピードは尋常なものではなく、現に目の当りにしているリックでさえも、早送りの映像を見ているような錯覚を覚えたほどだ。
そしてぶつかり合った粘菌の枝は融合して網目になり、そしてその空白さえも埋め尽くして絨毯となった。
粘菌が迷路を覆いつくすまでに三分もかかっていないだろうとリックは確信する。
だが、実験はこれからなのだ。

いくら迷路を埋め尽くしてタブレットまで覆い尽くしたとはいえ、それは総当りで得た、非効率的な解答なのだ。
人類が粘菌コンピュータに期待しているのはそんなものではない。
従来のコンピュータでは得られなかった"効率性"これに尽きる。
つまり、スタート地点から二つのタブレットまでの最短ルートを示すまでは"この迷路を解いた"ということにはなりえないのだ。

その点で言えば、この粘菌は期待を裏切らなかった。

これ以上餌がないと見るや、殖やし、伸ばした自身の一部をするすると縮め、迷路を覆い尽くしてから一分半もたたずに正解となるルートを示してみせた。

その結果を称賛せずにはいられなかった。

今まで実験に使ってきた粘菌の成長スピードは一時間に1cmという微々たるものであり、とてもではないが、コンピュータとしては機能しえなかった。
だが、この粘菌はどうだろう、従来の粘菌をはるかにしのぐスピードで枝を伸ばし、しかも不要部分を取り除くのでさえ比べものにならないのだ。

「これなら使える!そして私も……!」

リックはデータをしっかり保存し、いくつかのプロテクトをかけて自分のデスクに送ると、足取りも軽く研究室を後にした。
彼の頭を埋め尽くすのは次なる実験への仮説およびプロジェクトに組み込まれる自分の姿という未来だった。

「次は条件を……そしてこれを……すれば恐らく……ふふふふふ」


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