プロローグ

――ザァァァアアアアアアッ

雨が降っている。

『……はぁっはぁっ……』

夕焼けや朝焼けとは違う赤に染まった空から、鮮血のような真っ赤な雨が。

『……ッく……げほごほっ』

雨が降るのは荒廃した街。
住宅も店舗も学校も病院も……何もかもが崩れ、壊れ、原型を失っている。
瓦礫を背もたれにお座りしたテディベア――恐らく、この街の子供が落として行ったものだろうか――が、赤い雨に濡れて、血の涙を流しているようだ。

かつて街を取り囲んでいたはずの防壁は、脆くも崩れ去っており、地面に座る彼女の視点からでも、壁の向こうの地平線が見えていた。

『……みんな、無事に、逃げられた……かな?』

彼女はそうつぶやいて、傍らのそれを撫でた。

剣だったはずのその刃は折れ、
銃の砲身だったはずのその筒の口は焼き付いて塞がり、
そして、本来、呼び出さない限りは出てこないはずの、大きな口を持つイキモノの頭がぐったりと床に横たわっていた。

『ごめんね……ずっと一緒に戦ってくれてたのに、ね』

辛うじて、偏食因子投与プラントが生きている状態のそれ――神機は、幾度かコアを瞬かせ、彼女の腕にか細い触手を伸ばした。

彼女は、ありがとう、と哀し気に微笑んで、神機を労わるように撫でる。

赤い雨は、なおも降り止む様子はない。

彼女の頭上には、申し訳程度に屋根があって、それでどうにか雨をしのいでいる。
だが、地面に広がる水たまりは、確実に彼女の足元を侵食していた。

『(でも、そんなことは問題じゃない……)』

彼女は思う。

『(だって、この街には……)』

――ウォォォオオオオオオオンッ

響き渡る遠吠え。
ざわめきだす空気。

彼女の背筋を冷たいものが駆け抜けていく。

『(ち、近い!?
  どうしよう……このままでは……!!)』

スタングレネードを握り、いつでも駆け出せるよう中腰になる。
だが、見回した視界にはアラガミ一匹すら見つからない。

『(ただの勘違い……?
  いや、でも、さっきは本当に……)』

思考を巡らせる彼女の耳朶を、また、先ほどの遠吠えが叩く。

そして、

――グルルルルルル……

どこか余裕を感じさせる足取りでソイツは現れた。

白い狼に似た貌、
がっちりとした金属に包まれた脚、
噴き上がる炎のようなたてがみ……。
押しつぶさんばかりに放たれるプレッシャーは、まるで、自分が王者だと語るようだ。

『ぁ……あ……』

握ったスタングレネードを投げることすらままならないほどに体が震える。
なのに、視線はそのアラガミから離れることはなかった。

『(こいつが、この街を……私たちの故郷を……)』

体の奥底でマグマが噴き上がるような心地がした。

だが、もはや動かない神機では一撃を与えることすらできない。

ソイツは彼女の前に立ちはだかり、唇を噛む彼女を舐めまわすように見つめ、そして、フン、と鼻をならした。
まるで、矮小な人間が……、とでも言いたげな軽蔑を込めた視線で。

それから、おもむろに脚を振り上げる。

金属製のガントレットに包まれたそれを振り下ろされれば、間違いなく命はないだろう。

半分、諦めにも似た気持ちで彼女は目を閉じた。

ヒュッと風を切る音。
そして轟音が響く。
細かな砂埃が顔にふりかかり、
足元にコンクリートの塊が散った。

しかし、いつまでたっても痛みが彼女を襲うことはなかった。

『……ぁ、れ……?』

恐る恐る目を開けた彼女の目に映ったのは、どこまでも澄み渡った青い晴れ間。

そして、

「もう大丈夫よ。
 私が……ママが迎えに来ましたからね。
 ふふふふ……」

慈愛に満ちた微笑を浮かべる、車いすに乗った、喪服姿の女性だった。


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