第二話 連絡

"医薬品開発部門"

そう書かれた無機質な扉を開ければ、白と黒を基調とした設備の数々と、その間を縫うように動きまわり、盛んに情報を交換する白衣の人々……典型的な研究室というものを見ることができるだろう。

だが、識が入室した瞬間、研究員たちがわらわらと集まってきた。

「「「「「統括!!」」」」」

何を隠そう、識は、ガミラスの遊星爆弾が元で起こる病に対する特効成分の特定に成功した唯一の人物であり、
この"医薬品開発部門"のトップである統括の職を拝命していた。

正直言って、雇われ管理職なんて感じが悪いんじゃないかと識は思っているが、
本人の考えとは裏腹に、研究員たちの尊敬を集めていた。

「統括!所長には何の御用で呼ばれたのです?」

「もしや、また嫌味を言われたのでは……?」

「「「何だとー、所長、許すまじ……」」」
「統括!頼まれていたデータです!」

「さぁ、統括!お部屋にコーヒー用意しました!」

なにか心配する者、よく分からないが上司に怒りを覚えている者、仕事の成果を褒められたい者、気を利かせてコーヒーを淹れる者……
さまざまにまくし立てる研究員らを、どうどう、と落ち着かせる。

『心配ないよ。
 単純に新しい仕事を言いつけられただけ。
 あ、データは拝見させていただくよ』

「それで、その仕事とは……?」

固唾を呑んで研究員たちが見守るなか、これは言っていいのかな?、と逡巡した後に答える。

『しばらく宇宙に出る』

「「「「「えぇぇぇえええええっ!!?」」」」」

悲鳴が上がった。

「何を考えていらっしゃるんですか?統括!」

「ようやくあの薬の製品化が軌道に乗ったというのに……」

「統括なしでは成し遂げられない事業なのですよ!
 放り出されたら、我々はどうやって続けていけば……」

情けない声を出して縋ろうとする彼等の姿に、雇われ管理職とはいえ、なんだか罪悪感を禁じえない。
だが、識は心を鬼にして手近にあったデスクに拳を振り下ろした。

――バギッ、

衝撃が地震のようにデスクを揺らし、机上の顕微鏡が2〜3cm浮き上がり、試験管もキリキリと涼やかな音をたてて危うげに揺れた。
なめらかだった表面には、のめりこんだ拳を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が広がっている。
拳を上げれば、細かな木屑がはらはらと散った。

しゅーっ、と歯の間から息を吐いて、識は周囲を見回す。
顔面蒼白な面々を一通り眺めて識は、口を開いた。

『お前たちには理解出来ないだろうが、この辞令は国連からの命令だ。
 私に拒否権は存在せず、……もし拒否権があって、それを行使したとしても、地球が滅ぶのを指をくわえて見るしかないという未来しか在り得ない。
 ゆえに、私は宇宙へ行かせてもらう。
 この事業とて、私に出来ることなど、もう何もない。
 だから、お前たちで後はなんとかしろ。
 以上を以て私は統括の職を辞させてもらう』

そう言って、信頼を置く部下の名前を呼んだ。

『手前勝手で悪いが、次期統括にお前を指名する。
 書類等の引継ぎ等を行いたいから、部屋に来てくれ』

端的に必要事項のみを伝えると、呆然とする研究員たちをよそに、その部下を伴って自室に消えた。

――バタン










「統括、戦争に参加してくるのは貴女の勝手ですけど……
 くれぐれも無茶はよしてくださいよ」

部屋に入るなり始まった小言に識は顔を顰めた。

『別にいいだろう。
 そもそもこんな雇われが統括を務めていたのが間違いだったんだ』

すると部下はため息をつき、消毒液の染み込んだ脱脂綿を思い切り傷口に当てた。
イッ……!、と声を上げる彼女を後目に、部下は淡々と手当を続けていく。
やはり、腐っても医療系ということなのか、なかなか手際が良い。

「貴女は言っても聞かないでしょうし、ああ言った手前、引き下がるわけにもいかないでしょうから、今回は引き受けさせていただきますが……。
 ただし、……必ず地球に戻って来てくださいね。
 そして、私たちに会いに来てください。
 それが送り出す条件です」

そう締めくくって、手を離した部下に、ありがとう、と小声で伝え、識は必要な手続きを行う。
だが、その部下自体がここに勤めて長い人間だったので、言うべきこともそれ程無いままに終わり、それではこれで……、と部下の退出を見送った直後、

――ポーン

まるで計ったかのようなタイミングでメールが届いた。

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