第十七話 出航

「各員、速やかに配置に付け!」

そんな号令と共にバタバタと隊員たちが走り回る。
艦内にはサイレンが鳴り響いており――どうやらそれは識のハッキングした宇宙軍のレーダーが捉えていた遊星爆弾によるものだろう――ひどく慌ただしい空気が漂っている。

識たち衛生部は出航シークエンスには関与しないため、備品の確認や、万が一傷病者が出た場合の対応について事前打ち合わせなどを念入りに行っていた。
いくら医療のプロフェッショナルが集まっているとはいえ、備品に不備があったり連携が取れていなかったりすれば、いたずらに患者の命を奪うという結果に終わりかねないからだ。

出航予定である0600を迎えても一向に艦が動かないことに、識は一瞬だけ懸念を覚えたのだが、遅れること2、3分、艦全体が振動したのを感じて安堵する。
どうやら無事に起動できたようだ。

ゴゴン……ゴゴン……と重いものが艦の外を叩くような音に、数名の隊員がガミラスの攻撃を疑い、不安を訴える。
だが、グッと体に重力がかかるのを感じて艦が上昇していることを知り、一様に安堵の表情を浮かべた。

大気圏を突破するときのものだろう、カタカタと震えるような細かな振動も止み、すっかり静かになったところで艦内放送が入る。


「みなさんにお知らせします。
 ヤマトは無事に坊ノ岬沖より離陸、大気圏を突破し、衛星軌道上を火星宙域に向けて航行中――
 繰り返します――」


きっと心に余裕があれば上がっていただろう、歓声はなかった。
航海は始まったばかりなのだ。
はるか光年先の惑星イスカンダルへ向けて。










その後、火星宙域までの航海は順調に進んだ。
この近辺は防衛大学の実戦演習でも来るというので、若い士官にとっても庭のようなものといえる。
それだけに、ガミラスによってこの近辺を取られたというのは苦い敗戦に違いあるまい。

ここまで来たところで、各科の長に召集が入る。
どうやら人類史上初となるワープ航法をテストするための事前説明が行われるらしい。

衛生科からは佐渡が出席する予定なのだが……、

「ワシは重力波やらワープやら言われてもさっぱりじゃから、八尋くんに来てもらわんと困るよぉ……」

そう言って識をはじめとする衛生科のメンバーを困らせていた。

呼ばれてるのはリーダーだけですし……。
他の人だってさっぱりわかってませんよ。
絶対にああいうのを理解してるのって技術科だけですって!
そう口々に宥めすかしてどうにか佐渡をブリーフィングに送り出す。

しぶしぶ一人でブリーフィングに出向いた佐渡の背中を見送り、衛生科スタッフは持ち場に戻った。
しかし、地球を旅立って以降、ヤマトは未だに戦闘行為を行っていないため、怪我を負ったクルーはいない。さらに病気に罹ったクルーもいないため、現在のところ、衛生科は暇だと言わざるをえない。

始めは自身の仕事をこなしていた衛生科スタッフだが、数分もすると必然的におしゃべりが生まれてくる。
彼らの関心はワープにあるようだった。

「それにしてもワープってどんな感じがするんでしょうね?」

看護師の原田 真琴が同僚の看護師に訊ねた。
訊ねられた看護師はうーん……とひとしきり考える。

「光のトンネルみたいなのを通って遠くに移動するんじゃないかしら?
 アニメなんかじゃそんな感じでしょ?」

そこへもう一人の看護師が口を挟む。

「違うわ、船がものすごく加速して、音速超えるのよ!」

「そんなぁ」

彼女たちはそれぞれに憶測を立ててきゃらきゃらと笑った。
女三人集まれば"姦しい"というが、まさにその通りだと識は思う。
緊張感が足りないように思われるが、過剰に緊張していては本来の実力が出せなくなる。

――他の科はどうかは分からないけど、このくらいがちょうどいいのかな。

識は心中でごちて、編集中のファイルを閉じた。
編集していたのは出航してからこの日までに作成されたカルテである……とはいえ、その期間に医務室を訪れたのは頭痛や船酔いなど軽い体調不良を訴えたクルーか、月の物を迎えた女性クルーが鎮痛剤を求めて来た程度だ。
やはり戦闘でも起こらなければ、健康な人間しかいない軍。
衛生科の仕事なんてないのだ。

もちろん、衛生科の仕事なんて少ないに超したことはないのだけれど。

『……暇だな』

ちらりと看護師たちの方を見る。
まだワープの話でもしていたら交じりたいところだったが、どうしても専門的な知識を披露するだけに終わりそうだし、彼女たちもそれほど説明が上手いわけでもない識の講釈を聞くことは望んではいないだろう。
その証拠に彼女たちの話題は"艦に乗っている男性で誰がかっこいいか"なんてことに移っていた。いつでもどこでも女の子の考えることはおなじようだ。

この分なら休憩がてら食堂にコーヒーでも飲みに行っていいかもしれない。
識は看護師らに一声かけて部屋を後にする。

なんとなく目の覚めるような濃いブラックが飲みたい気分だった。





――――――
2017/2/3

大変遅くなり申し訳ありません。
17話にしてようやく地球を出発。
次回、ワープテストですね。
ぼちぼち物語に展開を見せたいところです。

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