第十六話 対面

 
抜錨予定時刻の6時まであと1時間。


医療・応急モジュールは位置としては第一艦橋の下にあたり、
波動エンジンの搭載されている機関室、
それから艦載機の離発着も行われる第三格納庫の傍にある。

施設としては重要なものであり、スタッフ――特に特殊な技術の必要な医師、看護師などの医療従事者も限られた人数しか確保できない以上、破壊の及びづらい箇所に配置するのは当然のことだろう。
最悪の場合、ここに数百もの人々が詰めることだって考えられるのだ。

識は支給された端末に目を落とし、場所を確認しながら歩く。

どうも船の内部構造から察するに、艦尾側に機関室や格納庫をはじめとした重要設備を固めており、艦首側に居住区を設定しているようだ。
だが、艦首側には、謎の新兵器が搭載されている上に、地図上で黒く塗りつぶされた"自動航法室"なる空間が設定されている。

どうやらこの"自動航法室"という部屋はコンパスのような役目を果たすようだが、実に怪しい。


そもそも宇宙にはさまざまな力が働いている。

まず一つに電気磁力。
物を押す力、推進力、物に加える圧力、地震、雷、炎、磁力、化学反応と多くの現象に関わる力だ。

そして次に引力。
これはニュートンの示した万有引力に代表され、最も身近なものならば重力があげられるだろう。

それから弱い力、強い力、と普段自分たちでは感じ得ない力まで上げれば枚挙に暇がないだろう。それらがある意味、無秩序に吹き荒れている空間に漕ぎ出そうとしているのだ。
コンパスなんてもの、心細いにもほどがある。

さらに、人類が航行できるのはせいぜい太陽圏内までというのが地球の常識であった。
だが、向かおうとしているのは太陽圏のはるか彼方、銀河の枠すら超えた星である。
搭載されているとすれば、それこそイスカンダルから貸し出された機器か、あるいは……。



そう考えたところで、軽い衝撃。
何かにぶつかったようだ。

「……きゃっ」

短く悲鳴をあげて倒れ込んだのは小柄な女性だった。短い髪にぴょこりと跳ねた髪が活発そうな彼女のありようをよく表している。
ピンク色の、身体に密着するような制服を着ていることから察するに、衛生科の所属だろう。

『すみません、大丈夫ですか?』

いたた、と腰をさする彼女に手を差し伸べるが、その手を取ることなく彼女はすっくと立ちあがる。
まるでスイッチの入ったロボットみたいだ。

「だ、大丈夫です!すみません、こちらこそ前見てなくて……」

立ち上がった女性は――いや、年齢からしてまだ少女と言っても差し支え無さそうな外見ではあるが――ぱんぱんと埃を払うと、識をじっと見つめ、そして、

「あーーーーッ!!」

と指を指し、叫んだ。

指を指すとは何を無礼な……なんて識はたじろぐ。
だが、目の前の女性はお構いなしのようだ。

「あ、あなた、八尋 識先生ですよね!!?」

ずいと前のめりになりながら聞かれ、識は思わず身を逸らした。
いかんせん、この女性、なかなか立派なものを持っているため、体勢によっては押し付けられる状態になりうるのだ。
2,3歩ほど後退しながらこくこくと頷くと、女性はぱっと破顔する。

「佐渡先生に言われて探しに来たんです!さぁ、行きましょう八尋先生!!」

手を掴まれ、ぐいぐい引っ張られる。
小柄な体の何処にそんな力があるのか、と疑問に思いながら、識はされるがままにされていた。

何ブロックか通り過ぎ、角を曲がり、エレベーターに乗って……。
識がそれなりに近くまで来ていたのか、それほど時間をかけずに目的地にたどり着く。

医療・応急モジュールは艦の中央を貫くように存在する主要通路を挟む形で存在していた。
近くにエレベーターがあるところから、艦橋および格納庫からすぐ来れるようになっているのだろう。
区画に入って左側に処置室(診断室)とその奥にある手術室、それから薬品の処方などを行う処方室、
そして右側に倉庫と病室があり、佐渡と識それぞれの私室もここに配置されていた。
やはり患者の容態急変に対応しなければならないことを考えれば妥当な判断だろう。

彼女は識の手を引いたまま、医療・応急モジュールに入ると迷いなく処置室の扉を開けた。

「先せ……じゃなくて佐渡先生!八尋先生を連れてきました!」

かなり派手な登場に、処置室に集合していた面々は度肝を抜かれたようだ。
幾人かがびくっと肩を跳ねさせて振り向く。
一方で、衛生科主任の佐渡 酒造はというと……

「おお、八尋くん、やっと来てくれたか」

鷹揚に笑い、識を迎え入れた。

「みんなに紹介しよう。ともに艦に乗ってくれる八尋くんじゃ。
 薬剤師免許だけでなく医師免許も持っているからわしの補佐に回ってもらう」

ほら、みんなに挨拶を……。
そう促され、識は一歩前に出た。

『佐渡先生の推薦によりこの旅に同行することとなりました。八尋 識です。
 先ほど紹介に上がった通り、薬品の処方および佐渡先生の交代要員として艦医の職務を担当します。
 部外者で恐縮ですが、どうぞよろしく』

そう頭を下げると、こちらこそ、といくらか言葉と拍手をもらう。
まぁ、つかみは悪くないだろう。
識はほっと安堵の吐息をつき、改めて衛生科の仲間に向き直った。


――――――
2016/7/10




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