第十五話 乗艦

これは識にとって想定内の出来事ではあったが、やはり、"ヤマト計画"を知った一部住民による暴動が起こったそうだ。

「一部の人間が地球から逃げ出そうとしている」

それもそうだろう、と識はテレビの報道にため息をつく。
  
そもそも"ヤマト計画"の前身となった"イズモ計画"のコンセプトがそれなのだ。
それに、ヤマトに乗り込む人員の大半が若手かつエリートということも人々の疑念に拍車をかけているのだろう。
若く優秀な男女を地球外に逃がし、生めや増やせやとすれば確かに人類は保全される……種という意味合いで。

――第七管区管理センタービルまで爆破されたそうだな。

携帯端末に表示されるケントニスのつぶやきからも呆れが透けて見えるようだ。

――仕方ないよ。
   こんな埃っぽい地下に何年も閉じ込められれば誰だって気は立つし、疑心暗鬼にもなる。

肩をすくめてそう返せば、返事代わりに表示されたのは一枚の画像。
ポップでコミカルな調子で描かれた蛙がやれやれとばかりに肩をすくめている。
どこから拾ったんだか……と呆れる反面、このお茶目な友人の行動に笑みがこぼれた。

ひとしきりケントニスが"反転変身(ターンオーバー)"した端末を弄った後、ふと顔を上げる。
時刻を確認すれば、出立に程よい時間だ。
識はテレビを消し、荷物を手にした。

――向かおうか、ヤマトへ。





クルー専用に開設されたターミナルは出航を前に多くの人でごった返している。
ヤマトへ乗り込むクルーたちと、どこから嗅ぎ付けたのか暴動を起こす過激派市民と、それらを抑えるために奔走している治安維持部隊と……。
まさにカオスな様相を呈するそこを抜け、兵員輸送車に乗る。
シートに体を沈め、ようやく息を吐けたような気がした。

周囲を見渡せば誰もが緊張に固まった表情をしている。
……無理もないだろう。
今まさに帰れないかもしれない任務へ出ようとしているのだ。
それがベテランの腕利きではなく、士官学校を出たばかりの若造ならば臆したとしても何ら不思議ではない。

一様に固まったクルーの顔をひとしきり眺め、
やがてそれに飽きてくると、識は手元の端末に目を落とす。
ヤマトの機材搬入が始まったらしく、識の発注していたコンピュータも無事に医療・応急モジュールへ運ばれたという連絡が入っていた。

基本的に艦内での資源供給はO.M.C.S.によって行われるらしく、薬品の材料には困らないことが見積もりのときにわかっている。
そのため、識は自分の主な職務である薬剤の調合、そして創薬のためにあるコンピュータを導入することを依頼していた。

その名も"GIFT"。
薬品の作用する受容体の構造をもとに薬をデザインすることを可能にしたスーパーコンピュータ。
作成者は知られておらず、しかしその並外れた性能から多くの難病に対する薬による治療を可能にした、まさに"人類への贈り物(ギフト)"。

ただし性能に比例する機器の多さから、フットワークが余り軽くなく、しかも一度壊すと修理が面倒という、気難しい機械でもある。
だが、これがなければ識の栄光の一つ、"遊星爆弾症治療薬"が開発できなかったのも事実である。

――できれば、使うような状況が起きないというのが一番だけれど……。

そう、出来ることならば新しい薬を作る――未知の病気に出会うという事態は起こらないのが一番だ。
しかし、想定外のことも予想した場合、"GIFT"導入はしていて正解だろう。


船旅で何よりも恐ろしいのは病。
たった一人の感染者から数百人のクルーが全滅するという事例など、掃いて捨てるほど存在するのだから。


相変わらず埃っぽい薄闇に包まれた街を通り抜け、輸送車はトンネルへと入っていく。
ナトリウムランプの黄色に満たされたその空間は、ともすると培養液の中とでも錯覚しそうなほどに空気がどろどろと淀んで見える。

だが、そこを抜けた先の空間は広く、そしてごつごつとむき出しになった岩盤がまるで洞窟のようで、人工物に囲まれた空間に慣れている識からすると新鮮に思えた。

ひんやりとしているように感じられるこの空間の奥からは、ヤマトのものだろうか、巨大なジェットノズルが覗いている。
未だカバーをかけられたままの姿だが、規模から言って恐ろしく大きな船らしいことは素人の識にもわかった。

側面に回れば、黒鉄に鮮やかな赤の塗装が施されているのが見えた。
まるで城壁にも思えるほど長大な船腹の向こうに階段が降りていることを確認する。
どうやらあれが入り口らしい。

艦内に入ると改めてヤマトが今までの船と違うことに気付く。
名前の由来となった戦艦も、ホテルとあだ名されるほどに立派な内装だったらしいが、この船も負けず劣らず絢爛だ。

主計科受付で制服を受け取った識はさっそく袖を通した。
本来、衛生科の女性はピンク色の身体に密着するような制服を着なければならないが、識はあくまで軍属ではなく一般からの招聘ということで佐渡先生と同じデザインのスクラブに衛生科であることを表すマークを入れたもので勘弁してもらっている。

年齢から言って、あの格好はどうしても避けたいと識は思っていただけに、この措置にはかなり心救われていた。


『さて、医療・応急モジュールは、と……』

カツリと靴音を立てて廊下に出る識。
同じような光景が続く以上、艦内で迷子になるものが出るのは必定だろう。

――はやく艦内の構造を頭に入れなければ……。

そんな懸念を抱きながら識は新たな職場へと向かっていった。





――――――
2015/12/30

あとがき
みなさんお久しぶりです。更新遅れてごめんなさい。
さて、お気づきの方もいるかもしれませんが、主人公が創薬のために導入したコンピュータ"GIFT"……あれは某小説で出て来たGPCRから薬を創るっていうあのコンピュータの設定をそのまま引用させていただいております。
たぶん、2199年ともなれば、GPCRは全解明されて、あれぐらい開発されている……はず。

[ 16/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -