第十四話 前夜

沖田十三による演説の後、各セクションの責任者が読み上げられた。
大ベテランと思しき名前から、士官学校を出たばかりであろう、若手の名まで呼ばれている。
確か、先日、"ヤマト"を保管しているドックを急襲され、少なからず被害が出たというので、そのしわ寄せが出たのだろう。

もちろん、識の所属する衛生科の責任者は佐渡酒造だ。
そもそも識を推薦したのも彼の権限をたっぷり使った結果なのだろう。

出航まで残り十二時間ということを伝えられたあと、ばらばらと捌けていく人波に乗って帰途を辿ろうとしていた識の手を掴むものがいた。

「八尋くん!」

振り返れば、少し低い位置にまばらな髪の毛を残した禿げ頭とずれ気味の眼鏡越しに見えるつぶらな瞳……他でもない、佐渡酒造その人がいた。

『佐渡先生……!お久しぶりですね』

がやがやと騒がしい人ごみの中だ。よく声が聞えるように隣にスペースを開け、彼を導く。

「いやぁ驚いた。ほかでもないわしが推薦したとはいえ、本当に来てくれるとは思ってもみなかったわい」

人目もはばからずわっはっはと笑う佐渡に識は苦笑する。

『ええ、研究も一段落して、あとは他の者に任せてもいいような状態になったので』

「ならば"あの薬"は完成間近か。よくがんばったなぁ」

『もったいないお言葉です』

随分と親しげにやりとりする二人にに周囲が奇異の目を向ける。
何しろ中央病院の名物医師と見たことも無いような女が話しているのだ。
当然といえば当然だろう。

「衛生科で処方箋は書けても、創薬の出来る者は居らんからなぁ……頼りにしておるぞ、八尋くん」

『はい。艦内での薬品調合はお任せを』

「ついでにわしの分まで診察もな」

『ふふふ……呑んだくれてばかりでは皆も呆れてしまいますよ』

ちょうど司令本部の敷地から出たところで識は佐渡と別れると、出立まで滞在する宿舎へ帰った。



――現在時刻は18時37分。出立まで残り11時間23分。



自分に与えられた部屋に帰るなり、識は鞄から端末を取り出し備え付けのデスクトップに繋いだ。
そして、その二つのコンピュータに"干渉"してハッキングを始める。
ハッキング先のひとつは国連宇宙軍極東管区司令本部の防空セクションのレーダー。
そしてもう一つは、その軍務局長、芹沢虎鉄のプライベートコンピュータであった。

――"イズモ計画"にあれほど入れ込んでいた芹沢のことだ。
   今回の"ヤマト計画"への変更に対しては少なからず反感を覚えているはず……。
   何か仕掛けられる前に憂いは絶っておかないと……。

そう、"ヤマト計画"の前身となった"イズモ計画"を推進していたのが芹沢虎鉄なのである。
しかも彼は以前に諜報や情報解析を担当していた情報部の部長を務めていたという経歴もある。
恐らく今回の航海においてはクルーの中にスパイが入り込んでいると考えるのが妥当であろう。

――だが、芹沢とて馬鹿ではあるまいよ。

識の端末の画面にメッセージが表示される。
送り主はケントニス。
普通に会話をしてもいいのだが、ここは軍の所有する建物のためセキュリティに警戒せねばならず、しかもやっているのはハッキングというバレれば軍法会議もののことなのだ。

――ああ、わかってるさ。
   司令自体は紙か口伝かアナログな方法を取るだろう。
   それよりも参加人員だ。
   せめてヤマトの乗員に情報部出身がいないかを知りたい。

相手が人ならば制圧は可能だ。
識は乾いた唇を舐める。
やはり、地下街の空気は埃っぽいくせに乾燥していていけない。

キーボードを叩いていた識が目的の情報に到達したのと、アラートが鳴ったのは同時のことだった。

『……!?』

まさか万が一にもありえないことだが、ハッキングがバレたかと冷や汗を垂らす識。
慌てて確認すれば、どうやらそうではなく、敵からの攻撃――遊星爆弾が感知されたことを知らせるものだった。
到着予定は6時――ヤマトの抜錨する時刻だった。

――また量ったように撃ち出してきたものだな……ガミラス……。

呆れたような感心したような何とも言えない感想を述べるケントニス。
だが、識としては気が気ではなかった。
未だ艦に乗らないうちから捕まるなんてヘマは死んでもしたくなかったからだ。
もちろん、そんなヘマをしないだけの実力が彼女にはあるのだが……。

その後の通信からして、この遊星爆弾は土方宙将の指揮するキリシマが迎撃するようだ。
"メ号作戦"が終わって幾ばくも経っていないのだ。
未だキリシマは傷付いたままだろう。
それを押してまで出撃するという姿勢に、現在の地球の追い込まれようを目の当たりにしたようで、識は少しばかりやるせなさを感じた。

――何を感傷に浸っているのかは知らないが、明日は早いんだろう?
   欲しい情報も手に入ったんだ。少し仮眠を取ってはどうだ?
   遊星爆弾とて一、二時間で来るものでもないだろう?

――そうだね。移動時間も考えると四時前には起床しないと……。
   恐らく乗艦してそうそう働かされるだろうしね。

識は端末とデスクトップの接続を切り、特にデスクトップの方は念入りに履歴を消去し、ダミーのアクセス記録を覚え込ませる。
こうすればこの部屋の利用者は医療関係のページを閲覧しただけで、ハッキングなんてしていないという事実無根の証拠のみが残る。

それから識は明日に手持ちで持ち込む荷物を念入りに確認した後、備え付けの硬いベッドにもぐりこんだ。


――――――
2015/08/29

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