第十一話 奔流

簡易呼吸器を取り出した識に、キャッキャと遊んでいた二人が振り返る。

――おいおい、シキ、もう調べもん始めちまうのかよ……。

――そうだよ、久しぶりに会えたんだから、ちょっとは遊ぼう?

不満そうに声をあげるトゥイードルディムと頬を膨らませるトゥイードルディに、ごめんね、と返して識は"プール"の壁を蹴った。

縁から随分と離れた地点まで泳いだ後、簡易呼吸器をくわえて深くへ潜る。

その間にも、"プール"の壁に埋め込まれた情報電子機器を通して、施設内のデータを検索してはみるものの、よほどの閲覧規制がかかっているのか、はたまた、そもそものところから関わっていないのか、"イズモ計画"についての記述は見つからない。

『(でも、異星人が来訪したのならば、何かしらの検査は行われているはず……)』

検索項目を変えてアクセスしたところ、思ったよりも早く結果がヒットした。

"ユリーシャ=イスカンダル"

その名とともに、金髪を長く伸ばしたどこかあどけない表情の女性の顔写真が記録されている。
どうも地球でいう白人種に近い白い肌に、瞳は地球ではお目にかかれない紫だ。
簡単な生体データも記録されているが、遺伝子レベルから地球人と同じらしい。

『(まさか、パンスペルミア説の証拠をここで見ることになるとは……)』

生命は地球外から来た、なんていう誰からも相手にされなかったトンデモ仮説を思いながら、なおも検索を続ける。

しかし、"楽園"内に残されているのはユリーシャ個人の生体データくらいで、目欲しいものは見つからない。
だが、彼女のプロフィールに記載されていた"波動エンジン"というものがいやにひっかかった。

"プール"のちょうど中心まで来たところで識は泳ぐのをやめた。

"プール"の構造は、上部が開かれた紡錘状の形をしており、なんとなく宇宙船の内部を思わせる。
その内部にはびっしりと無線通信の機器が敷き詰められているものの、今の形で残される際に遊び心が生まれたのか、海藻や珊瑚といったオブジェクトにそれらは隠され、また、水の中に魚や貝といった水棲生物が放流されている。

こぽりと泡を吐いて、識は通信機器に皮膚を通して"干渉"した。
先ほど施設内のアクセスに用いたときよりも大量に、広範囲に。

瞬間、無数の情報経路が開かれ、目に見えない奔流となって識を襲った。

その奔流に識は手を差し入れ、必要な情報だけを拾う。

      "ガミラス"
                  "イズモ計画"
"カ号作戦"
          "イスカンダル"
                       "メ号作戦"

あらゆるネットワークから流れてくる情報をふるいにかけて情報の核だけを取り出し、さらに関連する情報へとつなげ、現在進んでいるであろう、計画の要点を絞り出していく。

自分の全身を覆う"人工皮膚"を走る電気信号を張り巡らし、情報の渦を猛烈な勢いで"攪拌"していた識は、ある時点で"イズモ計画"の方向性が変わったことに気が付いた。

一度寝返りを打つように体勢を変え、"メ号作戦"以降の動向を探る。
それは国連の出す公的な情報に始まり、上層部のなかで行われたやりとりの記録、果ては一士官の報告や私的な通信の記録の残滓にまで及んだ。

一通り調べ終えて、識は頭を振ると、集めた情報をもっとも意味を為す順番に変えて、再構築する。

この検索でわかったこと、それは、イズモ計画は凍結され、新たな計画、"ヤマト計画"が発動した。そのことに尽きた。

もう少し詳しくまとめるとすれば……、

@地球外知的生命体・ガミラスによる戦争で劣勢を強いられた国連は地球からの脱出計画"イズモ計画"を発案した。

A2198年、同じく地球外知的生命体であるイスカンダルの使者が"波動エンジン"の設計図を持って地球に参上した。
 ところが、同年、極東管区幕僚監部作戦部9課所属の女性隊員とともに事故(テロの可能性有)に遭い、意識不明の重体となったようだ。

B2199年1月17日、メ号作戦発動。"アマテラス"と称される宇宙船(恐らくイスカンダルの使者が乗っていたと考えられる)より"波動コア"が回収される。
 その際、"アマテラス"の乗員は死亡。火星に葬られた。

C"波動エンジン"および"波動コア"の両者がそろうことにより、"イズモ計画"は凍結。建造中だった宇宙船は"ヤマト"と名を変え、一年以内に"イスカンダル"へと向かって"コスモリバースシステム"を受け取り、地球まで帰ってくるという"ヤマト計画"が発動される。

『(でも、これはまだ公にされていない……)』

本来、作戦行動を行う際には、事前通告がなされるのが順当な手筈なのだが、今回はそれが行われていない。
つまりそれは、この"ヤマト計画"が、参加した人員の士気を著しく下げる可能性があることを有していると言っているようなものだ。

正直なところ、勝算があるのは"イズモ計画"だと識は考える。
だが、成功したときのメリットは"ヤマト計画"の方が断然大きいのだ。

うっそりと目を細め、識は笑った。

まるで、誰にも考え付かないような新薬を自分が完成させようとしているような、ドキドキした高揚感と背筋を走るゾクゾクとするような恐怖感を今、感じていた。

『(早く時が来ればいい)』

識は水を蹴り、水面を目指した。

『(私は行く先を見届けよう)』

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