第十話 再会
次に識が目を覚ましたとき、目に飛び込んできたのはカプセルの殻だった。
硝子越しに見えるのは紛れもなく三日月の研究室の設備で、例の"測定"の後の記憶がないことを考えると、あのあとで麻酔でもかけられて運ばれたのだろう。
『はぁ……』
かなり深いため息をつきながら、近くの機械に"干渉"してカプセルを開く。
そして、手術椅子のような台から身を起こすと、手探りでそばの机から眼鏡を手に取ってかけた。
視界がクリアになるとともに自分の状態を把握する。
『調整槽でも入れられたか……』
つい先ほどまで培養液に浸けられていたのだろうか、髪がしっとりと水を含んでいる。
それに、"測定"のためにあれほど身体を動かしたのに、一切の疲れを残していない身体に、自分のことながら感心する。
『これから行くのは、"プール"か……』
誰にともなくつぶやいて、識は中庭へ出た。
相変わらず熱帯雨林のような様相を呈するそこは、識が来たときから全く光量が変わらず、太陽の光ではなく、人工の光が降り注いでいることを否が応にも感じさせられる。
そんな緑の葉と原色系の花々に包まれた空間に、ちらりと金色の光が反射したような気がして、識は足を止めた。
見れば、木々の間を縫うようにして、一人の男が歩いている。
性差をあまり感じさせないほっそりとした身体。
どこか穏やかで鷹揚とした顔をふちどる巻き毛は、陽光を思わせる金髪。
だが、その額には、前髪を掻き分けるようにして、二つの突起が立っている。
皮膚に包まれた円筒状のそれは、まるで生えたての鹿の角だ。
特に目的もなくぶらぶらと歩く、天使とも若鹿とも呼べそうな男に、識は思わず声を用いずに呼びかけていた。
――トゥイードルディ。
すると、トゥイードルディと呼ばれた男は、しばらく辺りをきょろきょろしていたが、識の姿に気が付くと、顔をほころばせた。
――シキ!久しぶりに帰って来てたんだね!会いたかったよ!
にこにことしながら識に話しかけるトゥイードルディの様子は、まるで転校生に話しかける小学生のようだ。
――今回はどれくらいここにいられるの?ずっと?
それともまた何処かに行っちゃう?二ホンとか、ヨーロッパとか?
次々に浴びせかけられる質問に苦笑して、識は、任務を前にメンテナンスのために帰ってきたことを明かした。
――それで、"プール"に向かうところだったんだけど……。
――それなら、僕も行くよ。トゥイードルディムも君を待ってるしね!
ぐいと手を引っ張られ、少しよろめくものの、その力が相応に強いことに、識はトゥイードルディも大人になっているんだな……とらしくないことを考えた。
いくらかの森を過ぎ、そして緩やかな坂をずっと下ったところで、鬱蒼と茂っていたジャングルに遮られていた視界がひらけた。
"プール"にたどり着いたのだ。
形こそよくある長方形のそれだが、細かに波打つ水の向こう岸はにわかには視認出来ず、しかも、かなりの深さがあるように思われる。
周囲に人の気配はなく、代わりに、今では貴重となった動物たちが泳いだり、水辺で遊んだりしているのが見えた。
――識はここに来るのも久しぶりでしょ?
せっかくだし、一緒に泳ごうよ。トゥイードルディムも喜ぶだろうしさ。
トゥイードルディの言葉とともに、そうだぜ、と傍のスピーカーから快活な声がした。
と同時に、青くなめらかなフォルムが水面下を滑るようにして現れ、水しぶきを上げながらプールの縁へと半ば乗り上げるようにして顔を出す。
――よぉ、シキ、顔を突き合わせんのは久しぶりだな。
元気だったか?
そうざっくばらんな口調で、識にそう語りかけたのは、一頭のイルカだ。
しかし、その頬から額に当たる部分には金属が埋め込まれており、さながら銀色のサングラスをかけているかのようだ。
トゥイードルディムと呼ばれるそのイルカは、識に会えたことが余程嬉しいのか、機嫌良さそうに鳴き声をあげた。
――そうだね、久しぶり。うん、元気だよ。
言葉少なに答えた識に、なら良い、と頷いてトゥイードルディムは身を躍らせて水の中へ戻る。
それから、続いて飛び込んだトゥイードルディの傍へ身を寄せ、甘えるように鼻面を押し当てた。
そんな二人(正確には一人と一匹)がいちゃつく様子を眺めながら、識は"プール"に飛び込むようなことはせず、あくまでゆっくりと水に入った。
水はひどく清澄で、どこまでも透き通っていて、そして柔らかかった。
少し冷たくはあるが、識からすればそこまで気になるほどでもない。
岸辺に脱ぎ捨てた衣服から簡易呼吸器を探り出しながら、識は、調べる項目を頭に浮かべた。
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