第九話 測定

――サァァァァアアアアアアアッ

シャワーのノズルから流れ出た約40℃のH2Oが、頭皮から生えたケラチン質の繊維を伝い、のっぺりとした肌を滑り落ちる。
垢や雑物を取り除いた素肌は、微かに光沢を帯びていて、機械だとか、兵器だとかを連想させられる。
たとえば、敵艦に突っ込んでいって、着弾とともに爆発四散、めちゃくちゃに壊してしまうミサイルなんかを。

『(実際、そんなことが出来たらいい……なんて、馬鹿な考え……)』

首を振って、無駄な思考を追い払うと、シャワーのコックをひねった。

滑りやすいタイルを踏みしめるようにしてシャワールームを出て、ジェットタオルを操作する。
左右から暖かく、強い風が吹いて、水滴を吹き飛ばし、蒸発させた。
ある程度、水分の飛んだところで、風の勢いを弱くし、身体にオイルを塗る。
肌が濡れたような光を放つ様は、どことなく艶めかしくもあり、同時に、鋭利な刃物を思わせる。
たとえば、どんな組織さえも切り裂いてしまう医療用メスのような。

『(あれって、普通の鞘では切り裂いてしまうのかな……?)』

今ではあまり使われなくなったそれに思いを馳せながら、シャワールームを出る。

外では、ケントニスが待っていて、識が目配せすると、迷うことなく手の中へ飛び込んできた。

「さて、どのようなドレスをお望みかな?」

『シンプルに、機能性は高めで』

冗談めかして尋ねる彼女に、くす、と笑って識は返した。
すると、おおせの通りに、なんて口にするものだから、この小さな蛙に、どうしようもない可笑しさと愛おしさを感じてしまう。
掌の中の彼女に、それよりもさ、と、識は微笑みかけた。

『とにかく、抱きしめてほしい。
 うんときつく抱きしめてくれよ』

その言葉にケントニスは、一瞬瞠目したが、すぐに、ああ、と返事を返し、グニャリと"裏返った"。

掌ですくった水が滴り落ちるかのように青が腕を伝う。
しかしそれはひじから地面に落ちることはなく、二の腕を駆け上がっていった。
そして、肩まで到達した青は身体のラインに沿って首から下を覆った。

出来上がったのはボディスーツだ。
しかも、普通のボディスーツではない。
とても薄いようでいて、業物の刃を包みこむことの出来るオンリーワンの鞘(ドレス)。
そんな代物だった。

これを実現できるのは、ケントニスの能力、"反転変身(ターンオーバー)"の賜物だろう。
体内の亜空間にあらゆる物資を保存し、"裏返る"ことでそれらを取り出す。
そうすることであらゆる物に変身を遂げるというこの能力こそが、彼女が"万能道具存在(ユニバーサルアイテム)"と呼ばれる由縁である。

『さあ、行こうか』

識は満足そうにうなずき、シャワールームを後にした。










――能力測定プログラム、被験者"焦げた注射器(バーントサリンジ)"。

四方八方をコンクリートで埋められた空間に、機械音声が響く。
床からは、何本もの円柱が突き出しており、古代文明の遺跡を彷彿とさせた。

――使用許可の出ている武器は、ナイフおよび銃火器類。
  エネミーから奪取したものならば種類は問いません。

今しがた、識の入って来た扉は、既に堅く閉じられて、周囲のコンクリートと同化を果たしており、この空間からの脱出は望めそうにない。
それに、換気口などが見当たらないわりには、空気がきれいなものだ……などと考えつつ、識は中空に視線を彷徨わせていた。
壁の一部は強化硝子で覆われた空間になっており、何人もの研究者たちが中にいるのが見えた。

――エネミーのポップ(出現頻度)およびレベルはランダム。
  プログラムを開始します。

その言葉に、識は意識を前方に持っていく。
その手には、いつの間にかナイフが握られていた。

柱の影から、五人の男が現れた。
5人とも同じデザインのボディスーツに同じヘルメット、身長も全く同じ高さだ。
識は無造作に脚を振り上げ、回し蹴りを前方から迫っていた三人に食らわせる。
すると、三人は弾かれでもしたように壁に柱に叩きつけられた。

ついで、識を狙って二人が放った弾丸に向かって手をかざす。
すると、弾丸の方から識を避けるかのごとく弾道がそれ、後ろのコンクリートに吸い込まれていった。

その隙に識は相手に肉薄し、一人の鳩尾に向けて貫手を叩きこむ。
それから、残り一人が銃を構えたのを目にすると、あろうことか、その銃口にナイフの切っ先をねじ込んだ。
パニックで引き金を引いた男の手元で銃が炸裂する。
飛び散る金属片でズタズタになった男に足払いをかけて倒し、さらに足で首元を踏みつけて男の意識を刈った。

フッと息をついた識。
だが、今度は、赤いレーザーポインターが彼女に照射される。

『……!?』

識がさっと柱の裏へ身を隠すと同時に、銃弾が雨霰と降り注いだ。

『……チッ……』

舌打ちを一つ、ナイフをへし折らんばかりの力で握り込む。
すると、ナイフの形がグニャリと歪んで、拳銃へと姿を変えた。
そう、彼女の武器は、ケントニスが"反転変身(ターンオーバー)"で作り出したものなのだ。
ナイフに代わって現れたのは、弾数が多く、連射性に優れたタイプのオートマチック拳銃。
これならば不足はない。

銃弾の雨が小休止を迎えると同時に、識は柱の影から躍り出ると、次の雨を降らせようとしていた連中に向けて発砲する。
弾丸は狙撃手の眉間へと吸い込まれるように着弾、意識どころか生命をも奪う。

直後、真後ろにポップ(出現)したエネミーが識に組み付いた。
首に腕をかけ、意識を刈ろうと力を込める。
しかし、識は表情ひとつ変えず、肘鉄を食らわせて、相手の意識を腹部へそらすと、無造作に銃を持った手を後ろに回し、ゼロ距離で発砲した。
痛みに苦悶し、床をのたうち回る男に追い打ちをかけ、識は何事もなかったかのように空間を見廻す。

先ほどまでに倒したエネミーの死体は忽然と消えており、そのかわりに、虎視眈々と識を狙うエネミーばかりが二本足で立っていた。










硝子を隔てた空間。
ひどく無機質なそこで一人の"被検体(クリーチャー)"が暴れ回る様子を見ながら、多くの科学者たちが議論していた。

「やはり化け物ですねぇ、あの注射器は……大人しそうな顔してアレですもん」

一人の科学者がそういうのへ、ツインテールの少女科学者・宝条 三日月は、相も変わらず平坦な口調で返した。

「あれは私の作品。これごときで倒れては困る」

ちょうど訓練場(フィールド)では、識が乱立する柱を駆け上りながら、そこらじゅうのエネミーを狙い撃ちしていた。
垂直な柱や天井を自由に走り回っているのは、ひとえに、重力発生装置による強力な磁場が生み出す"疑似重力(フロート)"のおかげだろう。

「さすがに"疑似重力(フロート)"を付けていると、銃弾が通りにくいわねぇ……。
 "電子攪拌(スナーク)"への識閾値もなかなかあるみたいだし、向かうところ敵無しなんじゃないかしら、彼女」

「それゆえ、それを超える"化け物(クリーチャー)"の作り甲斐もあるだろう?」

「そうね。彼女を軽く屠れるくらいのモノを作らなくては……」

ひたすら無表情でエネミーを屠り続ける識の様子を見ながら、科学者たちは、口元に昏い笑みを浮かべ、目の前の実験(ショー)の見物に興じるのだった。

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