第八話 対談
かさかさと乾いた音をたてて微風に揺れる枯草の上に、"ちひさき鳥の形"とも形容される葉が一片落ちた。
熟して落ちたのだろう、山吹色の実が地面にひしゃげて独特の芳香を漂わせている。
視線を上に上げれば、黄金色の梢が雲のように揺れるのが目に入った。
九月の森(セプテンバーフォレスト)と呼ばれるそこは、見渡すばかりの銀杏で構成された森であり、ここもまた"楽園"の中庭のうちの一つだ。
さくさくと落ち葉を踏みながら森を進むと、開けた場所にテーブルセットが置いてあるのがわかった。
白くつるりとした材質――恐らく、プラスチック製か。しかし、まぁまぁ強度はあるようだ――のテーブルの上には、瀟洒なティーセットと、鳥籠が一つ置いてある。
『すみません、"教授(プロフェッサー)"。大変お待たせしたのではないでしょうか』
識は鳥籠に向かって話しかける。
だが、鳥籠の中に鳥はおろか、生き物の姿はない。
しかし、鳥籠の内から、確かに返事は返ってきた。
「気にする必要はないよ、シキ」
同時に、鳥籠の中にホログラムが現れる。
皺を刻んだ、彫りの深い顔立ちに、切りそろえられ、小綺麗に整えられた白髪。
目は優しそうで、いかにも思慮深そうな老紳士の顔――の立体映像がそこにあった。
ただ一つ違和感を感じるとすれば、首から下が見当たらないという点だろうか。
識に優しく微笑みかけながら、"楽園"の最高権力者、"神"、"教授"……さまざまな名前で呼ばれるその男、チャールズ=ルートヴィヒ、そのコードネームを"プロフェッサー=フェイスマン"というその男は、識に着席を勧めた。
『失礼いたします』
そう言って椅子を引いたときに、随分と小さなカップがあることに気が付いた。
ちょうどケントニスが持ち上げられるほどの大きさのそれは、"教授"なりの心遣いなのか。
「おや、私の分まで用意なされたのですか?」
テーブルに飛び移り、しげしげとカップを眺めるケントニスに、フェイスマンは朗らかに笑った。
「来客の分だけ飲み物を用意するのは、主催者側(ホスト)の義務。
同じ被造物(クリーチャー)である君がお茶を飲んではならないというルールはあるまい。
まぁ、君の場合は体内の浸透圧と要相談だがね」
やかましいわ、とでも言いたげなケントニスの様子に苦笑しつつ、識はポットの中身を注いだ。
きゅっと切れ上がった注ぎ口から零れ落ちたのは、淡い新緑。
ふわりと漂った蒸気はどこかほっとするような草いきれにも似た香りだ。
「それを飲むのは久しぶりだろう?
私もグリーンティーが好きでね、本来はジャパニーズ様式の茶器を用意したかったのだが、上手く手に入らなかったのが残念だよ」
フェイスマンの言葉に耳を傾けつつ、識はカップに口をつけた。
紅茶やコーヒーとはまた違った、清涼感にあふれる花にも似た香味、そして、やや渋味をおびた深い味わい。
嚥下してもなお、かすかに快い苦みが残る。
久々に飲んだ、本物の緑茶の味に内心で感動しつつ、名残惜しげに口を離した。
『良いお茶ですね。ここで作られたものですか?』
「あぁ、最近あまりにも生活に潤いがないとのことでね、国連からも頼まれているんだよ」
と、ここで言葉を切り、フェイスマンは意味ありげに識に視線を寄越した。
「そう、例えば、長期航海に出る宇宙戦艦への導入、とかね」
暗に自分の出る任務のことを言っているのだろう、と気づき、識はカップを置いた。
『その件ですが……』
そう切り出せば、ナンセンスとばかりにフェイスマンは首を横に振った。
「君の能力に関して、私から制限をかけることはしない。
宇宙で起こりうる物事は我々ですら計り知れない部分が多いからね。
この施設の利用についても、時間は限られているが、出来る限りの準備をしなさい」
そう、言葉を切って、それに……、と躊躇いがちに続けた。
基本的に自信に満ち溢れたような彼の平生の様子からすると、違和感を感じる。
『何か……心配されるようなことがございますか?』
識がそう尋ねれば、なんとなく釈然としないような様子でフェイスマンは頷いた。
「どうも、この任務は裏があるような気がしてね」
『裏……と言いますと?』
首を傾げる識に、フェイスマンは内緒話のように切り出した。
「君は、地球に異星人の使者が迎えられていることを知っているかね?」
その言葉に識は曖昧に頷いた。
『確か、イスカンダルとかいう星の方とか』
「名をユリーシャ、と言ったはずだが」
口を挟んできたケントニスに、その通り、と教師が生徒を褒めるような口調で言って、フェイスマンは識に向き直った。
「何故、この状況で異星人がこの星(地球)を訪ねてきたのかは我々にもわかっていない。
しかし、次の計画に関係してくるのは確かなようだ」
「『なんですって!?』」
識とケントニスは二人して驚愕の声をあげる。
ふむ、とどこか思案顔でフェイスマンは識を見上げると、視線のみで彼処を指した。
「そこで、だよ、シキ。
それを調べるという名目で、"プール"の使用を許可しようと思うのだが、どうだろう?
乗り込む戦艦のスペックくらいは把握していてもいいんじゃないかな?
その方が、君としても、"能力"の行使がスムーズにいく」
なるほど……と内心で納得し、識は残りの緑茶を呷った。
ちょうど、同じころにケントニスもお茶を飲み干したらしく、識の腕を伝って肩までよじのぼる。
「もう行くのかね?」
せっかちなものだ、と言いたげなフェイスマンに、行動は早めに取りたいので、と退席の意を示すと、
「ならば、"プール"と、ミカヅキに頼まれていた、訓練場(フィールド)のキーをデコードしておこう。
データは取らせてもらうが、悪用はしない。
それでいいかね?」
返事を待たないうちにフェイスマンの姿は鳥籠から消えていた。
「全く……"教授(プロフェッサー)"は肉体を失ってなお、忙しくされているようだな」
『そうだね』
ケントニスの感嘆に応えるように、ぽつりと漏らして、二人は来た道をサクサクと軽い音を立てながら引き返していった。
――――――――
あとがき
えー、大変申し訳ないことに、この作品中の中では、プロフェッサー・フェイスマンは既に亡くなられております。
しかし、"楽園"の技術をもってすれば、彼の思考回路をコンピューターに覚え込ませるのも可能だと思われるので、彼は、ヘッドクォーターから、マザーコンピュータ……でも、フェイスマンは男性なので、ファーザーコンピュータと言うべきか……に昇華されてそうです。
で、コンタクトをとるディスプレイが鳥籠型……的な感じです。
次回も、マルドゥックシリーズの原作キャラが登場予定なので、注意してください。
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[mokuji]
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