第七話 真意

「お前は、"錆びた銃"のようになりたいのか?」

その問いに、識は即座に首を横に振った。
だが、ケントニスは識の心の内を見透かそうとでもいうように目を眇める。

「少なくとも、私には、お前は"錆びた銃"と同じ道を辿っているように見える」

突き放すような言動に、識は目を伏せた。
その言葉に傷ついたというのもあるが、何より、ケントニスを失望させようとしている自分を恥じた。

ごめん……。
自分の声で伝えようと口を開いたものの、零れたのはわずかな気泡のみ。
識は、カプセルの中でそっと手を伸ばすと、ガラス越しにケントニスに触れた。
冷たく硬い感触が指先から伝わる。
けれども、彼女のまわりだけは、どうしてか、わずかな温もりを感じた。

識は指先でケントニスを撫で、仕草で赦しを乞うた。

すると、ケントニスは小さな手を識のそれに重ね、目を合わせろ、と言う。

言葉の通り、識が顔を上げて見ると、ケントニスの表情は、先ほどより幾分か和らいでいた。

「きついことを言ってすまなかった。
 私も動揺していたんだ」

どこか申し訳なさそうな表情に、識は、心配ない、と伝える。
ならいいのだが……、とケントニスは明後日の方向を見やり、また、識に視線を戻した。

「随分と話し込んでしまったな……。
 識、最近、ロクな休息もとれていないのだろう?
 メンテナンスが終わったら起こすから、少しだけでも寝たほうがいいのではないか?」

その提案に識は素直にうなずいた。
正直、ここ五日間ほどロクに眠れていなかったのだ。

「おやすみ、識。いい夢を」

『おやすみ、ケン。また後で』

短く言葉を交わした後に、識はだらりと腕を下ろした。
台に深く腰をかけ、背もたれに体重のほとんどを預ける。

ガラスの向こうに青い影もなくなり、ただ、機械やカプセルが不気味にたゆたう視界を、識は瞼で覆い隠した。

液体の中、脱力した身体には、茫洋とした浮力よりも、ずっしりとした重力の方がずっと重く感じられ、少しばかり気怠い。

『あぁ……疲れてたんだな……』

識は誰にともなく呟いた。

閉じた瞼の内側は、ひたすらに暗く、ほんの少しだけ宇宙を感じさせる。
識は目を閉じたまま、これから旅立つ宇宙について考えた。

知覚できないほどの遠大な闇と、ぽつんと一つだけ頼りなさげに瞬き、あるいは、寄り集まって絢爛に輝く星々……、
そして、地球に牙を剥いて襲いかかる存在と、恐らくは手を差し伸べてくれるだろう存在……。

取り留めのない考えは、やがて瞼の裏で微かな光となって、渦巻き、歪み、揺らめき、……そして、識の意識は暗闇にゆっくりと落下していった。










――毒性 極性 ……

何処か、とても遠いところで誰かが意味の無い単語を、韻を踏むように連ねている。

――育成 作成 剥製 ……

何時の間に培養液が抜かれたのか、まとわりつくようなあの感触が感じられない。

――木星 落成 複製 ……

背中には、左右に揺れるマットレスの感触。
どうやら、このベッドを兼ねた作業台の、床擦れ防止の機能が働いているようだ。

――粛清 国政 ……

そして、覚醒、の言葉とともに、識の意識は急速に浮上した。

瞼を持ち上げた識の目に入ったのは、相変わらず無機質な三日月の研究室。
どうも、ケントニスの姿は無いようだ。
だが、いつの間にか、絶縁体でできた患者服を着せられているところを見ると、近くにいるとみて間違いは無さそうだ。

『ケン……?』

少しかすれた声で呟くと、傍らの心電図モニターの一部がグニャリと歪んだ。
白いプラスティックが溶けたかのように渦を巻くと、目にも鮮やかな青が混じる。
そして、すっかり青く変じた部分がぼこぼこと盛り上がると、一匹の蛙へと姿を変えた。

「予想より1482秒遅かったな。
 だいぶ疲れているというのは本当だったか……」

どこからか取り出した眼鏡を差し出しながらケントニスが言うのに、識は、うん、頷き返した。
どことなく強張った身体に顔を顰めつつ、眼鏡を受け取り、確かめるように顔に乗せる。

『そういえば……教授(プロフェッサー)には……』

連絡した?と言い切る前に、既に連絡した、とケントニスが口を挟む。

「サポートは要るか?
 松葉杖か、何なら、車椅子にでもなるが?」

『いや、必要ない。
 リハビリがてら歩くよ』

そう言いながらぎこちない歩調で扉に向かう識の肩へ飛び乗り、ケントニスは識に寄り添うように手を当てた。

「場所は九月の森(セプテンバーフォレスト)だったか?」

『あぁ、そうだよ。
 多分、教授(プロフェッサー)がお待ちかねさ』


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