第五話 青蛙

『なんだ、そこにいたのか、ケン。
 気づかなかったよ』

半ば笑い声まじりにそう言うと、蛙は鼻を鳴らした。

「白々しいことを言うな、識。
 お前のことだから私の存在には最初から気づいていたのだろう?」

その言葉に識はまぁね、と答える。

すると蛙は目くじらを立てて、お前は……、と口を開いた。
そんな彼女に三日月が、まぁまぁ、と口を挟む。

「そう怒るな、"傷物の青(グリーバスブルー)"。
 "焦げた注射器(バーントサリンジ)"は素直じゃないから……」

『「だから、コードネームで呼ぶなと言っているだろう」』

識と蛙は声をそろえて言った。
特に蛙の方は、一昔前の言葉で言う、激怒プンプン丸、の状態である。

「私には"ケントニス=ペンティーノ"という名前があるんだ。
 そちらで呼んでいただこうか、ドクター?」

憮然とした表情でそう言い切ると、カプセルから識の肩へ飛び移った。
いきなり肩に圧し掛かった重みにふらりと識の身体が傾ぐが、倒れるほどではない。
蛙は、三日月の手元を見下すと、あれやこれやと議論を始めた。

蛙が自ら名乗った通り、彼女の名前はケントニス=ペンティーノ。
アイイロヤドクガエルの雌の個体をベースに作られた万能道具存在(ユニバーサルアイテム)であり、"楽園"で純粋培養された被造物(クリーチャー)の一つである。
その振る舞いは、自ら学んだ女性的観念をもととしたものらしいが、あまり女性らしさは感じられない。
だが、理知的でよく弁が立つため、ドイツ語で"知識"を意味する"Kenntnis"のあだ名を与えられており、本人(本蛙)もそれを気に入って、それをファーストネームとして使っていた。
また、彼女のファミリーネーム、ペンティーノというのは、彼女の前世代の被造物にして、"金の卵"の異名を取ったウフコック=ペンティーノに由来するらしい。

それほどにケントニスはウフコックを敬愛していたのだが、数年前に彼が廃棄されたことを期に塞ぎ込みがちになり、周囲からは"傷物の青(グリーバスブルー)"という名で呼ばれるようになっていた。

まぁ、それはさておき……。

「それにしても、お前が進んで"楽園"に来るとは……珍しいこともあるものだな」

しみじみと言ったケントニスに識は憮然として返す。

『今のうちに来ておかないと、これから忙しくなりそうだからね』

あと……、と識はケントニスに流し目を送った。

『ケンが寂しがっていると聞いたものだから』

すると、ケントニスは、ほう、と嘆息して、

「私が寂しがっている、と……。
 誰の言かな、それは?」

わざとらしく三日月に視線をやったが、

「事実なのだから仕方ない」

と反応は淡白なものだ。

だが、そんな反応にも慣れたもので、ケントニスは識の首元に手を当てると、識の顔を覗き込むように短い首を巡らせた。

「そういえば、これから忙しくなる、と言っていたが、何の予定が入っているんだ?」

その質問に、識は、うん、とうなずいて答える。

『どうも、国連主導の計画への参加が求められているようでね』

「"イズモ計画"か」

『表向きは……いや、そうだね』

「随分と含みのある言葉だな」

全く分からない、と言いたげな三日月とケントニスに、識は曖昧な表情を向けると、ほら、と手を叩いた。

『三日月、私のメンテナンスをしてくれるんじゃなかったのか?』

すると、三日月は一瞬、目を見開き、それから取り繕ったように、そうだった……、とつぶやきながら奥へと駆けていった。

『全く……ああいう年相応な表情(かお)をすれば可愛らしいものを……』

識がそうぼやくと、ケントニスが微妙な表情で返した。

「お前……アイツがああいう表情(かお)をするのがどういう時か、よく分かっているだろう?」

なんとなく疲れた表情をしているケントニスに、そういえばコイツは彼女に振り回されているんだったな……、と心の中で手を合わせる。
それと同時に、そういうことじゃなくて……、という思いがした。

『普段からああいう表情(かお)をすればいいのにってことだよ。
 三日月はまだまだ子供のくせに、無駄に大人びているから……』

「確かに、普段は生意気で可愛くないな」

『それはお前だよ』

自分のことを棚に上げた意見に、識は思わずつっこんだ。

そもそも、ケントニスが生まれたのがせいぜい4〜5年前の話だ。
蛙としては長生きだろうが、今年で26歳を迎える識としては、自分の子供ぐらいの年齢という認識である。
……残念ながら識には、子供も、結婚を考えるような異性もいないのだが。

『生まれたてのお前は可愛かったのにね』

しみじみとつぶやくと、その話をもちだすなッ!!、とケントニスが怒り始めた。
どうやら、彼女にとって、知能の発達しきっていなかった時代のことは黒歴史らしく、口にするだけで怒り始める。
だが、心が荒んでいたかつての自分の手に乗せられた、冷たく小さい命の感触を、識は片時も忘れたことはなかった。

『(よくもまあ……こんな生意気に大きくなって)』

と、大きさだけは変わらないこの蛙を、なんだかんだ言って一番気に入っているのは、自覚している。

『(なんというか……頬をふくらますとアマガエルっぽいな)』

頬を膨らませてむくれているケントニスをツンツンつついていると、

「メンテナンスの準備が整った。
 奥の部屋に来て欲しい」

部屋に仕込まれたスピーカーから三日月の声がした。

『はいはい、了解ですよっと』

識は誰にともなく返事すると部屋を後にした。

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