三日目ー前編ー

三日目

翌朝。清々しいほどに快晴だ。

ほかの二人は既に朝食を終えてしまったのか、朝食の席にはエルフトと六道しかいない。
エルフトは六道から付かず離れずの席に座り、先に頼んだ焼き鯖定食をもぐもぐと食べつつぼんやり六道の様子を眺める。

昨日は栗きんとんを食べていた彼だが、今日は五平餅を食べるらしい。
甘ったるい香りを漂わせるマグカップと共に五平餅の乗った皿を女将が配膳する。

何だか今日の女将は顔色が悪いようだ。
それに気付いたのか、六道が女将さんの顔を見ながら訊ねる。

「なにやら体調が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「それが……その、昨日のうちに警察に連絡したのですが、普段バスが通れる道に地滑りが起きたらしく……明日にならなければ来られない、と」

女将はどこか申し訳なさそうにこぼす。
確かに、観光客が来ているときに事件が起こるなんて不吉なうえに客足が遠のく原因にもなる。多少は暗くなっても仕方ないだろう。

「そうですか、何やら物騒なことばかり起きますね」

「ええ、本当に……なんといったら良いのでしょう…………何だか信じられないです」

それにこんな短期間で二人の死者が出ることなんて異常事態だ。精神的に参っているのかもしれない。

エルフトは会話が終わるのを待って質問を投げ掛ける。

『他の道から迂回できないんですか?』

「出来なくはないのですが、殆ど獣道で整備もされていないので……」

『それじゃあ厳しいですね……』

いかにも残念そうに返してぼちぼち朝食を終えて席を立つ。
女将の話が本当なら非常にまずいことになってきた……。

ーー早く元凶を叩かないと今夜にも全滅させられる……かもね。

いざとなれば一人逃げ出すことも可能だが非力であろう三人を、まだ生き残っている村人を置いていくのはあまりに忍びない。

ーーでも、もし、もう手遅れなら……?

エルフトの思う相手ならば最悪の事態も十分に想定できる。
最悪の場合、この宿に泊まった四人だけで生き残ることも考えなければならない

「これ以上何も起きなければ良いのですがね……」

そう言って、追加で栗きんとんを頼む六道の声と

「これ以上、事態が酷くなるのは避けたいです、よね……」

と、台所に駆け込む女将の足音を背に、エルフトは宿を後にした。





外に出て丘の周りを見回る。

ーー昨日の今日だ、恐らく……。

そう思う間にもエルフトの耳に声が飛び込んできた。
そちら向かって歩き出すと子供たちがとても楽しそうに“鬼ごっこ”する様子が見える。
その逃げ役の子は、丘の上へと誘い込まれるように逃げていた。

間違いない。陣がまた追われているのだ

『何してるんだ!?』

そう叫んでエルフトは子供たちを追った。
子供たちはエルフトに目もくれず、丘の上へと集まって行く。
丘の上へ辿り着くと、予想通り、古井戸に向かって追い詰められたらしい少年、陣の姿が見えた。

このまま陣を奪取して逃げるのは容易い。
だが、今回のケースの事情を知るためには"黒幕"と関わりのあるであろう、子供たちに事情を聞く必要がある。
エルフトは子供たちの輪の中に入ると、さりげなく陣を背後に隠しながら立つ。

だが、子供たちは、エルフトの相手をすることはない。
エルフトを一瞥したきり黙りこくるばかりだ。
すると子供たちの中からまるで案山子のようにのっぽな少年が前に出た。

エルフトはその少年にちょっときつめに問い掛ける。

『一体全体、君たちはどうしてこんなことをするんだい?この子、傷だらけで怯えてるじゃないか……。
 いくらなんでも遊びとはいえやりすぎ だよ』

するとのっぽな少年がエルフトを睨み、ふんと鼻で笑った。

「君は誰だい?
 他所の人間は口出ししないでくれよ。
 彼はね、僕らとの大事な大事な約束を破った裏切り者なんだ」

ニタニタと笑う顔は子供の純真なそれとはかけ離れた、邪悪のものだ。
だが、いくら邪悪とはいえ"本当の邪悪"を知るエルフトからすれば猿真似もいいところ。
ちっとも恐れるに足らない。
エルフトは嘲るように口端を持ち上げた。

その視界の端でがさりと茂みが動く。今まで何処に行っていたのだろう、雲雀だった。
雲雀は手に小さな匣を持っておりそれをエルフトに見せるように小さく掲げる。
何か援護してくれるらしい。

エルフトは、再び目の前の少年に向き直った。

『約束を破ったぐらいで裏切り者?
 随分な物言いをするんだね。
 遊びのルールを破ったり、ちょっと待ち合わせにおくれちゃったくらいの話だろう?
 許してあげなよ』

わざと煽るような言い方をしてみせる。
所詮お前は子供で僕は大人だ。そう言われるのが子供の一番嫌いなことだとよくわかった上での言葉。
少年はぐっと唇を噛む。

ーーそうだ、そのまま怒ってしまえ。

怒り、苛立ち、冷静さを失った人間ほどボロを出し、秘密をしゃべりがちだ。
もしもこの少年が首謀者ならば、必ず"ヒトでないもの"の存在をほのめかす発言をするはず。
だがその反面で何をするかわからないということも考えられた。

エルフトは雲雀にそっと目配せする。

ーーもしもの時はよろしくね。

少年は怒気を滲ませ言い放った。

「そんなものじゃない、もっともっと大切で、神聖な約束をソイツは破ったんだ。
 罰せられて当然だね!」

そして、

「皆、アイツを井戸に放り込んでやろう!」

と言い出す。

『……げ……』

ーーやりやがった……!

エルフトは慌てる。
結局まともな情報が得られないまま暴挙に出られたのだ。実に都合が悪い。

だがのっぽな少年の提案に賛成したのは中学生位の男の子一人だけで、他の子はざわざわと怯えるように動揺している。
これを好機と見て、エルフトは陣の手を引いた。そして、子供たちを押し退け、輪を突破する。

「ここは僕が引き受けるよ。
 君たちはどこかに行ったら?」

素っ気ない口調ながら引き受けてくれると申し出てくれた雲雀の好意に甘える。

『ありがと!
 陣くんはお家の方に届けてくるわ』

陣の手を引き、そのまま丘を駆け降りる
のっぽな少年と彼に追従していた中学生位の少年の氷柱のように冷たい視線だけが突き刺さる。
全速力で丘を駆け降りながら振り向いたエルフトの目には何だろうか、棘の生えた紫色のドームが丘の上を囲おうとする様子が映った。





集落まで降り、再び丘の上を見やると、幻のようにあのドーム状の物体は消えていた。
息を整えるためにゆっくりと歩きながらエルフトは陣の肩に手を置いた。

『大丈夫だったかい?
 ……また怖い思いをさせてごめんよ』

「ううん……お兄ちゃん、たち、が来てくれたから……」

『ん、そうかい』

とりとめのない話をしながら陣の様子を確認する。
雑木林で怪我をしたのだろう昨日よりは軽いが血が滲んでいる。
だが、耳に何やら出血した痕があるのにエルフトは目を留めた。
どうやら内部からの出血であるらしい。
出血したのは一昨日のことだろうか。

それはまるで……中に入った何か小さいものが無理矢理出たような傷だった。

ーー耳から何か小さいものが出たような
  傷……まさか……!?

さっと青ざめる。

『陣くん……これから家まで送るけれど、このあと家から出ちゃだめだよ?』

それだけ言うとエルフトは陣を家に押し込み走り出す。
お兄ちゃん!と叫ぶ陣の声にすら気付かないほどエルフトは慌てていた。

ーーこのままじゃみんな危ない!





井戸の所へ戻るとそこには雲雀と六道の姿があった。
子供たちの姿はどこにもない。
雲雀はブレスレットに炎を灯している。昨日の朝トンファーに灯していた紫色のそれと同じものだ。

エルフトはざくりと芝生を踏み、二人に近付いた。

『二人とも何してるの?
 何か僕に手伝えることある?』

すると六道が振り向いた。

「君ですか。
 これから井戸の中を覗くところです」

『僕も御一緒してもいい?』

「ええ、構いませんよ」

二人と並んで井戸を覗き込んでみると、淡い紫の炎で照らされた井戸の内側は、深い闇が伸びていて、水底は見えない。
中にも蔦が生えているのが見える。
所々虱のような白いものがうろちょろし急にカサカサという音がして、止む。
そのまましんと井戸は静まり返った。

「…………中入ってみます?」

おそるおそるといった様子でこちらを振り返る六道を雲雀が見つめかえした。

「骸、君はイヤリングだっけ?
 それに炎灯しといて。明かりにもなる」

ーーイヤリング?しかも炎を灯す?

二人にしかわからない会話だ。
だが、雲雀がブレスレットに炎を灯しているところを見ると、本当に六道はイヤリングを所有していて、さらに炎を灯すことさえできるらしい。
だが、六道はあからさまに嫌そうな顔をした。
井戸の中に入ることを提案した張本人にも関わらず、顔がひきつっている。

「イヤリングはクロームが持っていて僕もってないんですよ」

嘘か本当かは定かではない。
だがそれを聞いて雲雀は小さく舌打ちするとブレスレットに炎を維持したまま井戸から少し離れた。
中が見えない程度に。
するとその瞬間に、またカサカサという音と共に虱のような白いものが井戸の壁を這い始める。
実に不愉快だ。

六道は嫌そうにため息をつく。
そしておもむろに井戸に這っていた蔦を千切ると井戸の中へ投げ落とした。
ぴちゃりと水音をたてるのを聞いて再び蔦を投げ入れる。
どうやら中に何かいないか、あるいは、何か誘い出せないかやっているようだ。

そのうち、雲雀も加勢して物を投げ入れ始めたので、エルフトはやれやれと肩をすくめる。
後で大変なことになりそうだ

『……なんだか手が足りてるみたいだし 僕はちょっと、瀬谷さんの家に行ってこようかな。
 二人は井戸の方にいる?』

すっかり手持ちぶさたになったエルフトが声をかけると、六道だけが振り向く。

「ええ、僕は此方に 気をつけて」

『わかった。
 それじゃあ、契ちゃん探して、瀬谷さんの家を訪ねてくるね』

それだけ言付けると、エルフトは早足で丘を降りた。





だが、運悪くすれ違ったのだろうか、契の姿は見つからない。
エルフトは仕方なく、一人で瀬谷家へと向かうことにした。

瀬谷家は村の中でも名家とだけあって、辺りの家と比べても中々広い。
純和風でつくりもしっかりとしている。
エルフトは、堂々とした門構えの玄関に立ち、呼び鈴を鳴らした。

『すみません、どなたかいらっしゃいませんか?』

すると程なくして、はい、という返事と共に、青白い顔をした女性が出てくる。
たおやかでなよなよとした感じの美しい女性だ。
だが、その表情には常に憂いの陰がつきまとっているように見える。

『すみません……私、都市伝説なんかを 追いかけている記者みたいな者です。
 今回、このお宅の御子息に関連し興味深いことをお聞きしましたので此方に参りました。
 お時間頂戴しても?』

「佳のことですか……?
 あの子はとても腕白でやんちゃですが普通の子ですよ」

女性は少し首を傾げたのち微笑みながら答える。
その様子に違和感を感じ、エルフトはちょっと訝しげな顔をした。

『貴女は佳くんのお母様ですね?
 では、貴女は彼が村の子を虐めているのはご存じですか?
 どうも、被害に遭われたお子様は酷い怪我を負っているようでしたが……』

ええ、ええ、と女性は頷く。
やはり顔は微笑んだままだった。
まるで表情が固定されているかのように

「知ってはいます。注意もしております でも中々やめてくれなくて……。
 子育てって難しいですね」

エルフトは彼女の言葉を胡乱な目で聞き流し、本題を切り出した。

『……これは御子息を取り上げたという産婆さんから聞いた話ですが……、
 十二年前、ちょうど彼が生まれた日に彼女は“神の遣い”に逢ったそうです。
 あの日、何か起きませんでしたか?』

十二年前、産婆の言う"神の使い"とやらが本当に現れたなら、瀬谷の坊っちゃんこと瀬谷 佳に何かしていてもおかしくはない。
だが女は思い当たる節はないという態度を見せる。

「確か……嵐の日だったのはよく覚えてるわ、でも私、あの子を産んで、疲れ果てていて、それどころじゃなかったから……ごめんなさいね、よく分からないわ」

そう答える彼女はやはり微笑んだままだつるりとした肌はやはり青白く、何所となく人形のような印象を与える。
彼女もアレの傀儡と見ていいだろうか。
エルフトは更なる情報を引き出すべく、口を開く。

『それでは、その後のことです。
 佳くんは昔は病弱だったのに今は元気になったというように聞いたのですが、
 何か、今までに佳くんに変わったこと はありませんでしたか?
 覚えている限りでかまいません』

「……物心付いた頃の話よ。
 少しだけ心が不安定だったの。
 だからそれを落ち着かせるためにも、この村に帰ってきたの……そしたら、今みたいに元気になって……ふふ、本当に良かったわ」

声をあげて笑っているのにほぼ表情筋が動いていない。
顔立ちが整っているだけにいっそのこと不気味だ。

だが、情報からして不安定なのは物心がついた頃……物事を認識できるくらいに成長してから。
ということは何かを見てしまった、聞いてしまった、感じてしまった……そんなことが考えられる。

『心が不安定……とは?
 どういった感じになるんですか?』

「……突然火が付いたように泣いて、
 暴れたり……かと思ったら、
 死んでしまったかのように動かなくなったり、他にも色々と……」

『……例えば、そのような行動の中に、イマジナリーフレンド……つまり、見えない何かに話しかけるといった行動はありましたか?』

聞き慣れない言葉に女性は首を傾げる。

「……?
 その頃には、そういうのはもうなくなってたわ。
 見えないお友だちってことでしょう?
 寧ろそういうもののほうが少なかったかしら……」

見えないお友だちはいない。
やはり相手は実体ある存在。
隠れる以外に姿を隠す術も持たないと考えてもいいだろう。
これ以上話しても何もないか……。
エルフトは営業用の笑みを浮かべた。

『そうですか……いえ、変な事を聞いてすみませんでした。
 私はこれほどで失礼いたします』

丁重にお礼を言って頭を下げる。
時間帯的にもそろそろ夕飯の頃、一介の主婦を拘束するのは酷というものだ。

玄関の扉が閉まるのを確認してエルフトは瀬谷家を改めて見回した。
すると案の定、壁の隙間や縁の下、植木の陰など暗く湿った場所から微かに、カサカサという音がする。
そして、それらは、何となく丘の方へと向かっている気がした。



もう一度、丘の上へと向かおうとする。
だが、エルフトはふと違和感を感じた。

ーー静かだ。

村はひっそりとしている。不自然な程に。
まるで、何らかの理由によって、静かにさせられているもしくは静かにしているのではなかと思うほどに村は静まりかえっている。

ーーいよいよもって怪しいなぁ……。

知らず足音を潜めて歩くエルフトの目に小さく散った赤が映る。血痕だ。
ぽつぽつと存在するそれは丘に向かっているらしい。
エルフトはそっと腰のバッグに触れた。
大丈夫だ。装備は、揃っている。

エルフトは丘の上を目指して、雑木林に分け入った。


―――――――――
あとがき
長いのでここで一旦中断。

子供たちに狙われる陣少年。彼はどうやら大事な"約束"を破ったようで……?
そして静まり返る村の中、エルフトは丘の方へ向かう血痕を発見する。

次回ついに完結。
この事件、何処に向かっていくのか!?

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