二日目

二日目

朝。

ダッダッダッ、ガタタン!!

騒がしい物音に起こされるようにして、エルフトは目を覚ます。

ーー何だ!?襲撃か!!?

音から察するに走り込んで、しかも何か硬いもので殴打しようとしたようだ。
被害者は幸運にも回避したようだが……。

ガチャリとドアを開けて廊下に出ると、金属製の棒二本……恐らくトンファーを持った学ラン姿の少年と
被害者らしい、オリーブ色の学生服で南国の果実に似た独特な髪型をした少年
今しがた部屋から出てきたばかりと思われる白衣を着た小柄な美少女。
とりあえず言いたいことはただ一つ……、


どうしてこうなった……。



「何でここにいるの」

攻撃を避けられたのが気にくわないのか不機嫌そうに訊ねる学ランの少年に、南国果実少年は、こちらの台詞です、と返して、仕返しとばかりに殴りかかる。
だが、学ランの少年は、どういった原理だろう。
紫色の炎をまとったトンファーで拳を受け止めた。

ーー何だあれ……。

アルカリ金属を燃焼すると色付きの炎が出ることは有名だ。
一方でガスを燃やすと青い炎が出ることもよく知られている
しかし、紫色の炎が出るというカリウムを燃やしても赤みが強くなるし、ガスと混ぜるにしろ、大がかりな装置が必要になるはずだ。だが、少年はそんなものを持っているようには見えない。
……ということは、

ーーアチラの方面の人かなぁ……。

噂だけは聞いたことのある種類の人々を思い出してげんなりとする。

それに……と学ランの少年を見た。

ーーなんか、似たような"匂い"がするのよねぇ……うちの上司と。

どうやら学生二人の戦い(?)は終わったらしく、お互い興味を無くしたように階段を降り始める。
白衣の少女も後を追って降りていったので、エルフトもそれに倣うことにした。



食堂に向かうと、すっかり朝食が出来上がって並んでいた。

「何だか、上の方でばたばたと音がしていましたが、何かありましたか?」

訝そうな顔の女将から聞かれ、

「知り合いがいたからちょっとはしゃいだ」

と真顔で学ランの少年が答える。
もちろん嘘だ。

その一方で白衣の少女が関係ないという顔をして、おはようございますと挨拶して空いてる所に座った。

「メニューに栗きんとんありますか?栗きんとん」

南国果実少年は席に着くなり、そう言い出す。朝から何食うつもりだ、お前は。
何だか濃い面々に呆れつつ、エルフトが席につくと、女将が

「私はコーヒーと紅茶の用意をして来ますので、宜しければお客様方で御交流をしたら如何でしょうか?
 丁度お知り合いの方もいらっしゃるようですし」

と告げて厨房へと消えていった。

まぁ、こんなに怪しい集団と長く関わりたくはないだろうし、ほとんど女将一人で切り盛りしているような宿屋だ。人手が足りないのだろう。

少年二人はどうするのかと思えば、
学ランの少年は出入り口に近い方の席へ
南国果実少年は彼と真反対の席へ着く。
どうやらこの二人は知り合いの上に険悪な仲のようだ。

ーー不良の抗争か何かかな?

一昔前のドラマを思い出す。
とはいえ、あれは高校の話だ。
彼らは高校生というには少し幼い顔立ちをしているので中学生なのかもしれない

ーー中学から不良だなんて、先が思いやられるよ……。

頬杖をついてため息をついていると、女将がコーヒーや紅茶を食堂のサーバーにセットし始めた。どちらも選べるとは実にサービスがいい

それから小さなメモを片手に宿泊者の席をひとつひとつ回っていく。どうやら注文したものを作ってくれるらしい。

南国果実少年はさっきから言っていた栗きんとんを、学ラン少年と白衣の少女は焼き鮭定食を頼み始めたのでエルフトも彼らと同じく焼き鮭定食を頼む。

バラバラの席に座っているせいか、会話らしい会話はほとんどなく、食堂は酷く静かだ。
エルフトとしても、どう会話を切り出したらいいものか掴めず沈黙を保つ。

そんな時間がしばらく続いたところで注文の品を持って女将が現れた。
そして、黙りこくっている四人を見て、あらあら……と苦笑する。

「みなさん内気なんですねぇ……この際 ですし、お互いに自己紹介でもしたら いかがですか?何かのご縁ですもの。
 また会う機会だってあるかもしれませんからね」

そんな女将の言葉に背を押されてか、焼き鮭定食に手をつけながら学ランの少年が唐突に切り出した。

「僕は雲雀恭弥、並盛中風紀委員」

突然の自己紹介を受けてか白衣の少女も口を開く。

「ん、……私は契(けい)、16歳だよー」

財布から取り出したのは生徒手帳。
見た目は小学生くらいにしか見えないが立派に高校生をやっているようだ。

南国果実少年は、

「六道骸です」

とだけ告げて、パクパクと栗きんとんを口に収めていく。もはや詰め込んでいると言っても過言ではない。
よほど甘いものが好きなようだ。

『あ、僕はエルフトです。
 記者みたいなことをしてるんだけど、ここへは面白い話があるみたいなので飯の種になるかな、って思ってね』

と、遅れあそばせながら名乗ると、契と名乗った少女がへー、と声を漏らした。

「記者さんなんだー、すごいねー」

『ははは……まぁ、記者って言うのは副業の一つなんだけどね』

そう微笑みかけつつ逆に訊ねる。

『契ちゃん……だったかな?
 君はどうしてここに?』

「ああ、私は里帰りだよ里帰り」

にへらと笑ってはいるものの、何かおかしいとエルフトは直感する。
里帰りだったら実家に泊まればいいはずなのにどうしてわざわざ宿屋をとっているのか……。

ーー複雑な事情でもあんのかね。

人間、知らない方がいいことも多々あるのだ。
あまり突っ込んだ話はしないのが懸命だろう。

「お兄さんたち、何しにここにきたの」

エルフトが考え事に没頭しているうちに契が少年たちに話題を振る。
いつまでも出しているのは不用心だと思ったのか、生徒手帳はいつの間にか仕舞われていた。

やはり聞かれたからには答えざるを得ないのだろう。
学ランの少年……雲雀 恭也が、些か面倒そうな空気を滲ませながら答える。

「……僕の町で最近、殺人鬼が出るって 話題が溢れててね。
 それだけならほっとくけど、ウチの学校で被害に遭いかけた生徒に、行方不明になった生徒がいるものだから」

ーー殺人鬼?

その情報は初耳だった。
エルフトの仕事現場には、よく精神に異常をきたしたような連中や宗教に傾倒しすぎた気狂いが湧いて出てくるが、今回の仕事にそんなものが出るとは全くもって聞いていない。

しかも、そういうものの調査は、警察や探偵の仕事だ。
いくら学校の気風を守る風紀委員長とはいえ、そこまでのことをするのは過分に過ぎるというものだろう

情報を聞き出す必要があると思い、エルフトはまるで興味が出てきたという風を装って聞いてみる。

『殺人鬼とは物騒だね。
 して、その殺人鬼と関係がありそうなのがこの村であると?』

「ちょっとしたコネがあってね、それを頼りに調べてたら、この村にたどり着いたってわけ」

雲雀は淡々と話すと、朝食を終えてのんびりとお茶を飲み始める。
その横から契が口を挟んだ。

「その行方不明ってのさ、もしかしたらあの丘の井戸に殺して解体して捨ててたりしてね」

あの井戸深いし隠すのにはもってこいだと思うしー、と付け加えくすくすと笑う。
本人は面白がって言っているのだろうが本当にありそうな話だ。
ネタとしてはちょっとだけ不謹慎かなぁとエルフトは苦笑した。

「でも、物騒だよねー」

と契はわざとらしく怖がって見せると、
もう片方の少年ーー六道 骸と名乗った南国果実だーーを振り返った。

「そちらのお兄さんは?」

六道は相も変わらず、もちゃもちゃと栗きんとんを食べながら、旅行です気紛れに、と答え、再び食事に集中してしまう。

契はふーんと、もう興味を無くしたのか朝食をまぐまぐ食べ始める。

このままでは食卓に沈黙が降りそうだ。
エルフトは会話を保つために話題を振る。

『そういえば、この村の子供たちは元気ですよねぇ。
 昨日も村中を走り回ってたし話を聞けば悪戯も沢山するとか』

年寄りじみた話し方になってはいるが、致し方ないだろう。
この面子でもエルフトは最年長だ。

『それで、その子供たちのリーダーが瀬谷くん……といいましたかね。都会から帰ってきた一家のお坊っちゃんみたいです。
 やっぱり、こんな田舎じゃ都会っ子が憧れの的ですかねぇ』

と、世間話じみた感じで話していると、雲雀が顔をしかめた。

「都会から田舎、ねぇ……ボンボンだから威張るのかな、なんか 老人虐めに道占拠とかしてたし」

と昨日遭遇したらしいことについて話す。
それは昨日の段階では得られなかった情報だ。

『そりゃあなんというか、やりすぎかもしれませんねぇ』

そう相槌を打つ傍ら、どうやらこの村の子供たちの悪戯は常軌を逸していると見て間違いはないらしいと認識を新たにする。
何かがあるのは確からしい。

『そういえば、瀬谷の坊っちゃん、昔は 病弱だったらしいですけど、見違えるほど元気になったとも聞きましたよ』

まぁ、かなりどうでもいい話題なので聞き流されるのは想定していたが、ここまで無反応だと悲しくなってくる。
だが、話はこれだけではない。ここからが本題だ。

『それで、村で瀬谷くんを取り上げたっていう産婆さんからお話を聞いたんですが……どうも産婆さん、この村で
 “人ならざるモノ”を見たらしいです』

ここまで話して周りを見回す。
どうやら話の掴みは上々だ。全員興味が湧いたらしい。
エルフトは続きを話した。

『たしか今から十二年前、その産婆さんが瀬谷くんを取り上げた帰り道……話によれば嵐だったようだね。
 背が高くて フードを被った青白い人とすれ違ったんだと。
 村にいる人ではなかったらしいし、どうも異様な雰囲気だったようで、“神の遣い”だと思ったって』

「それ、ただの顔色悪いおっさんなんじゃない?」

契が口を挟み、へらへら笑った。
それはエルフトも考えたことであり、きっと入るだろうツッコミだったので、実際の産婆の様子も交えて教えておく。

『どうもそうじゃなかったみたいだね。
 産婆さん、ちょっと怯えた様子で、“あんな人が村にいるはずがない”って言ってたし……。
 それを見て、産婆さんは“坊っちゃんが神様に取られてしまう”って思ったそうだ。
 でも今は元気ですよね、と聞いたら、最後に変なこと言ってたよ。
 “坊っちゃんはもう、神様に取られてしまった”って……』

若干ホラー風味に締め括ってみたが、別にウケたわけでもないようだ。
雲雀と六道は興味無さげに視線をよそにやっているし、契はまたけらけらと笑いながら挟んでくる。

「じゃあ……その坊っちゃん、今は元気なんだろ?
 病弱からそんな悪ガキになるたなんて……もしかしたら、その神様の遣いに 病弱って要素を取られたか、入れ換えられたりして、ね」

ーー病弱って要素を取られる……か。

そんなことが出来るとすれば、それは神の所業だろう。
けれど神はそんなことをしない。たとえするとしても、重い重い代償と引き換えにするか、それ以上に悪いことを起こす前触れにするのだ。

『どうも産婆さんの話を聞くに、入れ換えられたって線が濃厚な気がする……』

むしろそっちの方が救いようがある、とエルフトは結論付け、お茶を啜った。

エルフトの話が終わると、次は私ねーと契が話し始める。

「村の丘の上に井戸があるんなんだけど 底が見えないぐらい深いんだよねー。
 落っこちたら死んじゃいそうだから気を付けた方がいいよー」

井戸の話が出ると、ようやく雲雀は興味を示した。
先ほど契が冗談混じりに「死体を井戸に捨ててたりして」なんて言ったのも関係しているのかもしれない。

「ふぅん?
 ……ちょっとその井戸調べようかな」

そう言いながらポケットから何かを取り出す。
どうやらシルバーリングのようだ。蛇をモチーフにしたデザインで、なんとなくただものではない雰囲気を醸し出している。

彼は指輪を左の中指に嵌めた。
指輪を嵌める位置に意味を見出だしているとは思えないが……左手中指の指輪は人間関係や協調関係の改善を表すほか、人の気持ちや場の空気を察知する能力、インスピレーションを高める効果があるとされている。
まぁ、彼自身の理由としては邪魔にならないところというチョイスだろうが……。

「あー、そこいくならさ、白い蜘蛛には気をつけてね。
 見ただけで本当気持ち悪くなっちゃったから」

契はそう忠告して井戸への近道だよ、と登り口を口頭で伝える。
いつの間にか調べていたようだ。

雲雀は礼を短く告げ、外に出ようと席を立つ。
すると何処から入ってきたのだろうか、パタパタと黄色の鳥が食堂に入ってきた。
アンバランスなシルエットはひよこを彷彿とさせるが歌うような声はカナリアのように美しい。

小鳥は雲雀の頭の上にちょこんと留まりそしてぴよぴよと甲高い声が人間の言葉で告げた。

「ボウシ かぶった あおじろい 子
 さくや ドコか でかけてた
 おいかけたけど みうしなった」

どうやら小鳥は昨晩のうちから情報収集していたらしい。
しかも、雲雀に懐いているところを見ると彼のペットのようだ。

「ついてくるなら勝手にすれば」

小鳥を頭に乗せたまま雲雀はすたすたと食堂を去る。小鳥は至極リラックスした様子で頭に収まっているが……人によく慣れているのだろう。

『すみませーん、僕もついていきます〜』

雲雀の後を追ってエルフトが席を立ち、契は無言のまま白衣を着直した。
いざ、外へと出掛けようとしたその瞬間あわただしい足音が響いてくる。

「た、たた大変だ!
 大変だよ明美ちゃん!
 ば、婆ちゃんが!婆ちゃんが!」

息を切らせてパニック状態に陥った様子の村人が駆け込んできた。
よほど急いで来たのだろう。村人は床にへたりこんでゼェゼェと荒い息をついている。憔悴しきった様子を見るに、どうやらただ事ではなさそうだ。

口々に落ち着かせようと声をかけていると、騒ぎに気付いたのだろう、女将が奥から現れた。

「落ち着いて信さん、
 婆ちゃんってどこの?」

落ち着かせようとたしなめる女将に、信さんと呼ばれた村人は半ば叫ぶように言い返す。

「さ、産婆の婆ちゃんだよ、
 あんたも世話になったろ?
 婆ちゃんが、婆ちゃんの家が……!」

ーー産婆に何が……!?

エルフトは居ても立ってもいられず、 周囲が止める間もなく走り出した。
"婆ちゃん"というのは、昨日話を聞いた産婆さんのことに違いない。
恐らく昨日聞いた話が"黒幕"にとって都合の悪い真実だったのだろう。





村に入ると、嫌でも焦げ臭い臭いが鼻をついた。そして人集りの向こうにそれを見る。
黒焦げになり、未だにちろちろとその息吹を感じる焔が覗き、灰が舞う家屋だったものを。

人波を掻き分けて、焼け跡へ踏み込むや否や、エルフトは周囲を見回した。
すると、崩れた建材の隙間、元は寝室の辺りだろうか?今はもう分からないが、その辺りから、細くくすんだ白いものが見えた……言わずとも、分かっている。

『ああ……』

頭をがんと殴られたような心地がした。
それはそうだ。彼女が秘密を知っているにも関わらず生きていられたのは部外者に話すことがなかったからだ。
だが、彼女は秘密を話してしまった。
エルフトという部外者が訪ねてきたばかりに……。

ーーでも一体誰が……。

火の出所を探ろうとするが、場所は倒壊した家屋……しかも火事跡だ。
狼狽えていたエルフトには到底出所など突き止めることは出来ず、瓦礫から突き出していた角材につまずいて転ぶ。場所が悪かったのか顔に燃えさしの火が散った。

『……ッ!』

飛び出した張本人にも関わらず、いっそ足手まといになっている事実に情けなくなる。

ざくざくと炭を踏みながら外へ出ると、契が周囲に聞き込みをしている姿が見られた。
その横には六道も立っており、隣の家を気遣わし気に見ている。

「何か収穫はありましたか?」

エルフトの姿を認めるやそう訊ねてきた六道に、エルフトは首を横に振ることで答える。

『産婆さんは亡くなっていたよ』

端的に告げると、六道はさして驚くことなく、そうですか、と返した。
それはそうだろう。全く面識のない人の話をされても反応に困るだろうし、この火事では死者が出ていてもおかしくない。
……少し落ち着きすぎな気もするが。

だが、すっかり足手まといのエルフトだこのまま此処にいても進展はないだろう。

『悪いけど、丘の方に行ってもいいかな。
 ちょっと……気分悪くなっちゃって』

「そうですね。
 こちらは人手が足りていますし、構いませんよ」

『ありがとう』

一言断って、エルフトは井戸のある丘に行くことにした。





丘は、曲がりくねった木々の生い茂る、じめじめとした雑木林に囲まれているが、頂上は背丈の低い芝のような草に覆われており、明るい印象だ。子供の遊び場にちょうどいいだろう。

その一角に石造りの井戸があり、状態は良いが、作られてからざっと70〜80年ほど経過しているらしい。苔や蔦で覆われている部分もある。
そこで雲雀が既に何か調べているらしく井戸をぺたぺたと触ったり中を覗き混んだりしている。

『あ、雲雀くん、何かわかったかい?』

エルフトは雲雀に近付き、そう訊ねるも返事はつれないものだ。

「別に」

ーー思った通りの問題児だ。

思わず苦笑がこぼれる。
会話を続けることに意味を見出だせないので、彼と並んで井戸の中を覗き込んでは見るが、奥は真っ暗で先が見えない。
深さもさっぱりわからなかった。

ーー怪しいのはこの井戸なんだけどなぁ。

エルフトは足元の小石を拾って、井戸の中に落としてみる。
中を調べるとしたら水の有無くらいは知っておきたい。
石を落としてから数秒の間を置いて水の音がした。まだ水は枯れてないようだ。

『困ったね、何も見つけられないや……。
 どうも、井戸に水が入ってるのは確実なようなんだけどね』

そう言って雲雀の方を振り返ったのだがそこに彼の姿はなかった。

『……あれ?雲雀くん……?』

いつの間にか姿を消していたようだ。
本当にフリーダム過ぎて扱いに困る。


『……はぁ……』

思わずため息をついたってバチは当たらないはずだ。
雲雀が消えてしまった問題はさておき、エルフトは雑木林を振り返る。

この村に何か潜んでいるとすれば、この雑木林が疑われる。
だが雑木林自体には違和感はない。
湿っていて薄暗く、曲がりくねった木々が生い茂っているだけだ。
だが、妙に生き物の姿が見えない事に気が付いた。

ーーおかしい、この規模の雑木林ならば
  鳥の一羽や二羽はいるはず。
  それに虫の気配すらもない……。

ーー契が確か、白い蜘蛛がいると言っていたはずだけれど……。

見回すエルフトの視界の端でかさかさと蠢く白い影。
これが件の蜘蛛だろう。
蜘蛛がちょろちょろ動く方向を見ていると、数匹もの蜘蛛がとある隙間に入って行く。そこは木の根っこだった。
観察すると、同じ白い蜘蛛が数匹奥にいることが分かる。巣はここにあるようだ。
手持ちのメスで木の幹に分かりやすく傷をつける。同じような木の多い所だ。念のため一目で見分けがつくようにしておいた方がいいだろう。

そしてひやりとした幹に顔を近付け、
むせ返るような匂いを漂わせる腐葉土に耳を押し付けるようにして隙間を覗く。
はたして、そこに彼らはいた。
薄暗く湿った空洞の中をびっしりと埋め尽くし、犇めく、白い蜘蛛たちが……。

『う……ゎ……』

思わず気圧される。
けれども、彼らは何をするでもなく赤い目でこちらを見つめるばかりだ。
彼らはどうも群生する類いの蜘蛛らしい。
ひどく生き物の匂いというものに欠けてはいるが……。

ーー井戸に、白い蜘蛛……か。

嫌な予感を感じて巣の中をすみずみまで見渡す。地下に続く穴の一つや二つでも見つかるかと思ったが、本当にこの木は住まいらしい。そんなものは見付からなかった。

エルフトは立ち上がり、体についた土を払う。木の幹に目印になる傷がきちんとついていることを確認すると丘を降りた





丘を下りる途中で契、六道、雲雀の三人と合流する。いつの間にか消えた雲雀は契と六道に合流していたらしい。
確かに雑木林が少し騒がしかったような気がするが、彼らは何をしたんだろうかと眺め回していると、契の後ろに隠れるようにして立つ少年に目が留まった。

小学四年生くらいだろうか、黒髪黒目の大人しそうな男の子だ。
だが、その顔にはガーゼが貼られており手足にも怪我をした痕がある。
とても痛ましい姿だ。

『おや?この少年は?』

「この子は三浦陣くん、
 悪ガキ共に追われてたようでさ」

訊ねたエルフトに、少年……陣と手を繋いでいた契が答え、事情を話す。

友人だと思っていた者達に命を狙われているらしいこと、
それがある月夜に佳と祐輔……どうやらガキ大将らしい少年達が、井戸の近くにいるのを目撃してからということ、
このままでは、殺されてしまうと怯えていること……。

『なるほど、ずいぶんと怪我を負ってる みたいだし酷い目にあったんだね……怖かっただろう?』

優しく陣を撫でる。
すると、陣は少しだけ照れ臭そうに、それでも安心した様子で小さく、ほんの僅かにだが頷いた。

「もうこんな目にあわないように、
 お兄ちゃんたちが助けてあげるからねぇ」

安心させるように言う契に、本当……?とおどおどとしながら陣が問い返す。
本当だよと、エルフトがはっきり答えると陣は安心したらしく少し笑んでみせた。

身の安全のため、陣を宿に匿うことが提案されたが、本人たっての希望で家に送り届けることになっているという。
家に辿り着くと、陣は皆へお礼を言い、そして、

「あの……良かったら、僕に……その……連絡、先、教えてほしい……です」

と恥ずかしそうに申し出た。

「うん、いいよ」

契はこだわりなく頷くと、スマホの連絡先を教える。
エルフトも持ってたメモにビジネス用の携帯番号を書いて渡し、六道も携帯番号の書かれた紙を渡す。

全員の連絡先を受け取ると、陣はほっとしたように笑って、自分の携帯番号を教えてくれた。
それから、お休みなさい、ありがとう、と深く頭を下げてから家の中に入っていった。

『ばいばーい』

手を振って、宿屋に帰る。
その道すがら、お互いに情報交換を行うことになった。



産婆は放火による家事で死亡したこと。
そして、その放火は複数犯による犯行であったこと。
火事との関連は不明だが、産婆の隣家に住む老人が惨殺されていたこと。

井戸は底が見えないほど深く、未だ水が入っていること。
井戸の近くの木に白い蜘蛛が巣を作っているらしいこと。
そして、陣と子供達の奇妙な関係のこと。





『こりゃあ、アイツの犯行かなぁ……』

井戸、白い蜘蛛、瀬谷……。
自分でまとめたメモを前に、エルフトはため息をつく。


そして夜は更けていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
2日目にして仲間と合流。名前からお気づきの通り、今回のセッションには、
復活から雲雀さんと骸くんのなりきりさんが参戦してます。

のどかな村かと思いきや、不意に現れた殺人鬼の噂、
そして、昨日話を聞いた産婆さんの家で起こった火事、
重要人物・三浦陣少年の出現、
エルフトの仕事に思わぬハプニングが続出していく……!

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