葛城穣礼は日常を謳歌したい。

翌朝……、

「穣礼〜早く起きないと遅刻するわよ」

母親の声に起こされるようにして穣礼は目を覚ました。
今日は月曜日。一週間の始まりだ。

《おはよ♪》

爽やかに挨拶してきた自身のスタンドにおはよ、と短く返して、穣礼は身支度を始めた。
いつものように髪を三編みにし、黒ぶち眼鏡……度なんて入っていない伊達眼鏡をかけ、校則通りの着こなしでセーラーを身に纏う。

何もなければいいけどなぁ……。

朝から重い体を引きずって自室を出ればちょうど姉が呼びに来るところだった。

「あら穣礼、ちょうどいいわね。
 今呼びに行こうとしてたの」

大学生の姉はポニーテールのよく似合う快活でスポーティーな女の子だ。
もちろん、彼女にもスタンドは見えないらしく、妹である穣礼を内向的でたまに見えないお友達と話す不思議ちゃんだと思い込んでいる。

『おはよう、姉さん。
 うん……さっきお母さんも呼びに来たから』

「やっぱりね。ほら、穣礼はお寝坊さんなんだから、朝ごはん食べてシャキッと目を覚ましてから学校に行くのよ」

『うん』

やはり、年のそう変わらない妹とはいえぼんやりして見える穣礼が心配らしく、姉はこうやって母親と似たようなことをよく口にする。

「早く来なかったら朝食のイチゴ、私が 全部食べちゃうからね!」

茶目っ気のある笑みを浮かべる姉につられるようにして、穣礼は慌てて階段を駆け降りた。



新聞を広げた父親が呆れたというような視線を投げ掛けるにもかかわらず、姉と壮絶なイチゴ争奪戦を繰り広げたあと、母親から昼食の弁当を受けとり、穣礼は家を出た。

東京とはいえ、ここは郊外の住宅街だ。
スクランブル交差点のような雑踏は無く、かわりに出勤するサラリーマンやゴミ出しをする主婦に交じって学校へ向かう学生たちの姿がささやかなほどに見受けられる。

女子はそこまでないにしても、男子については、学ランの改造や派手な髪型をして、人目憚らず紫煙をくゆらせる……いわゆる不良たちの姿が目立つようだ。

三編みに黒ぶち眼鏡という、目立たない格好をしている穣礼はほとんど目を付けられることもないのだが、今朝だけは、どうしてか違った。
穣礼が家を出るなり、待ち伏せしていたかのように、一人の不良が近付いて来たのだ。

まさか、日曜日に承太郎と出掛けたことを知っているのだろうか?

人の噂は風のようとはよく言ったものでとにかく広く伝わりやすい。
不良の中には恋人が承太郎のファンだという者もいるようなので、その彼女に頼まれて穣礼に危害を加えに来るものもいるのかもしれない。

無意識のうちに鞄を握る手に力がこもる

「……」

だが、不良は不気味なほどに静かだった
絡んでくるのなら、前口上の一つくらいはあげそうなものなのに、言葉を発する気配がない。
それに、目付きもなんだか虚ろでガンを飛ばしているわけでもないのだ。

これはおかしい。
穣礼がそう思った瞬間、不良は拳を振りかぶった。

『……!?』

どうにか避ければ、不良の拳は硬い塀にぶつかり鈍い音をたてる。
それだけでも痛そうなのに、不良は痛みなど感じていないとでもいうように穣礼の方を振り返った。
ギギギギギと音をたてそうなほどぎこちない所作で。

まさか……。
穣礼は冷や汗をかいた。

この不良は、操られている……!
こんなことを出来るとすれば、スタンドがこの街にいるということだろうか。

そこまで考えが至ったときには、既に穣礼の隣に〈Eleventh Earl of Mar〉が立っていた。

《手を貸そうか、穣礼》

『ええ、遅刻したくないから手を貸してちょうだい』

《OK》

会話が終わるか終わらないかのうちに、アールは動き出していた。
不良を塀に叩きつけるや、腹に拳を叩き込んであっという間に意識を刈る。
どさっと倒れた不良。
恐らく端から見ればいきなり倒れたように見えるだろう。

軽く不良の体を検分したところ、細長いあの緑の触手が巻き付いているわけでも奇妙な十円玉大の穴が開いているわけでもないようだ。

そのかわりに、ポケットから一枚の紙が出てくる。
それなりの強度があり、表に独特な絵の描かれた長方形の紙片……カードだ。
それも、タロット占い使うものである。

『タロット……占いでも流行ってるのか しら』

手にとったそれは、なんだか言い知れぬ不気味さを放っている。

《いや……この感じ……スタンドかもしれない》

アールの言葉に穣礼は眉間に皺が寄るのを感じた。

原作には出てこなかったスタンド使いがいる。
つまり、穣礼のアドバンテージであるところの"原作知識"が通じないのかもしれないのだ。

でも、まだ旅に同行すると決まったわけじゃないもの。
穣礼はそっと考えを振り払い、倒れた不良に手を伸ばした。

穣礼は不良の体を引きずるようにして、我が家の門の近くから退避させると、電柱に寄り掛かって座っているような姿勢にさせた。

《お優しいもんだね。襲いかかって来た不良を介抱するなんて》

皮肉げに言うアールに穣礼は皮肉で返す

『だって道路に倒れてるんだもの。
 交通の邪魔になるでしょ』

そりゃ違いない、とからから笑うアールにつられて笑みをこぼしながら、穣礼は何事も無かったかのように歩き出す。





案の定、教室に承太郎の取り巻きたちが待ち伏せしていて、何処に行っただの、何をしただのと問い詰められた。
だが、穣礼の証言――もちろん昼食にラーメンを奢ってもらったことは黙っておいた――から本当に男女の関係を匂わすようなことは何も起こらなかったと知ると、興味を無くしばらけていった。

そして、また穣礼はいつものように陰キャラライフを送るべく脱力気味に席についた。



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2015/09/08

主人公の家族構成はクレイマン氏製作のゲーム「七人目のスタンド使い」を参考にしています。

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