葛城穣礼の秘密

この物語の主人公、葛城穣礼には秘密がある。

それは……、

『……やっぱりあの不良たち、"原作"の前にやられてた奴らだったか……』

空条ホリィからの電話を受け取ったあと穣礼は自室で頭を抱えていた。

『三日後に多分“花京院”が転校して来て、その翌日に“ジョセフ”と“アヴドゥル”来日か……。
 まったく、運命ってやつはどこまで私に苦難を強いるのかしら』

重々しいため息をつく穣礼の髪をふわりと手袋に包まれた手がすくった。

《そりゃ俺にも予想がつかないな》

振り返った穣礼の目に飛び込んできたのは歯車と巨大な目玉を象った仮面だ。
顔の上半分を覆うそれのせいで表情こそわからないが、その下には繊細なガラス細工のような睫毛に縁取られた、複雑な色彩のアオ色の瞳があることを、穣礼は知っている。

『〈Eleventh Earl of Mar〉』

いささか憂鬱そうな面持ちで名を呼ぶとチッチッチッ……と、舌を鳴らしながら彼は指を振る。

《そんな呼び方は水臭いぜ、穣礼。
 俺のことはアール(Earl ; 伯爵)でいいっていつも言ってるじゃないか》

雪を固めたような白く透き通る肌によく映える薔薇色の唇が紡いだ言葉は、その耽美としか言いようのない外見に反して気安さが滲む……まるで同年代の友人のようなそれだ。

『でも、私がエジプトまで旅をする理由 なんてないわ。
 アンタは物心ついた時からいるし、DIOと特別関わりがあるというわけでもない』

穣礼は再び机に向かうと一冊のノートをめくり始める。
そこには日本、香港、シンガポールなど地名がページの頭に書かれ、その下にはほぼ走り書きでフローチャートのように名前と行動が書かれていた。

《随分と後ろ向きだなぁ、君は……。
 心配だったらついていけばいいのに。
 恐らく今日の承太郎とのデートはその フラグだったかもしれないぜ?》

にやにやと笑うEleventh Earl of Mar……もといEarl(アール)。
どうも彼は愉快犯のきらいがあり例えば本体である穣礼が色恋沙汰やその類に巻き込まれると喜ぶのだ。

『馬鹿なこと言わないでよ。
 あれはデートじゃなくて買い物に付き合っただけ』

《ラーメン奢ってもらってたじゃん》

『そ……それは……』

《それは承太郎が真面目で優しいから、なんて言うつもりだろ?》

『……』

寝そべるように浮きながら、にやにやと口端を吊り上げている様子はまさに物語に出てくるあの意地の悪い猫そのものだ。

ぐぅの音も出ないほどに言いくるめられ穣礼は無言でアールを睨んだ。

だが、アールは相も変わらずにやにやしがら大して広くもない部屋の中を泳ぐ。
彼が纏っている中世の貴公子を思わせるジャケットの刺繍がキラキラと光り、
たっぷりと布をたくわえた貴婦人のドレスを思わせるスカートがひらひらと翻る様はまるで金魚のようにも見える。

《俺の思うに、好意がなくっちゃあ一緒に出掛けるどころか飯なんて奢らないと思うがねぇ……》

ぼやくような声はもはや無視をした。





葛城穣礼の秘密……。
それは、彼女が“原作”を知るイレギュラー……またの名をトリッパー……にして、
生まれつきのスタンド使いということである。





穣礼は自分が前世をどのように終えたのか全く覚えていない……というよりも、本当に終えたのかすら定かではない。

しかし、気が付くとある程度まで進んでいた人生が逆戻りして、子供時代をやり直すという事態に陥っていた。
親も“以前”と変わらず、幼稚園や小学校もそう変わらない。

しかし、大きな変更点がいくつかあった



まず一つに、物心ついた頃から傍に立つ存在……スタンドだ。

初めて見たときはこぼれた水だと思った
だが、母親に知らせても見えないらしく途方に暮れたものだ。
触ってみるとスライムのようにベタベタしていて少し気持ち悪かったことを今も覚えている。

そのスライムは不思議なものだった。
穣礼が欲しいと思ったものをその体から出してくれるのだ。
母親にあげるための花、無くなったはずのクレヨン、落とした消しゴム、買ってもらえなかったお菓子……。

だが、大きなものを望んだり、たくさん出させたりすると、スライムはだんだん小さくなった。

またあるときは、友達だけが持っている珍しくて可愛いキーホルダーも出してくれた。
それを見た母親は、穣礼がそれを盗んで来たのではないかと怒って返しに行ったのだが、キーホルダーは盗まれておらず、母親もしきりに不思議がっていた。

その時、穣礼は理解した。
このスライムは穣礼の欲しがるものを持ってくるのではなく、自分がその物に変身しているということを。

母親に怒られてからというもの、穣礼はスタンドの濫用を止め、差し迫ったときだけ彼の力を借り、使い終わったものは彼に返すようにした。

スタンドは初め、不定形で液体状だったが穣礼が成長するにつれて形を為すようになった。
ずんぐりむっくりとした泥人形のような姿から穣礼と同世代の美しい人の姿へ。
そして人型になってからは仮面をつけるようになり、纏うものはレトロな歯車を取り入れた姫君とも貴公子とも似つかぬ衣装。

それなのに言葉は、見た目にそぐわないほどフランクで、時には口汚い。
他人には言えないようなスラングの応酬だって、このスタンド相手ならば普通に出来そうだ。

そんな彼はひどくマイペースで射程距離や持続性なんか総無視したように自由に穣礼の傍からいなくなっては、今日はあれが面白かった、これにはムカついたなどと報告してくる。

こんなのが自分の精神の具現化だろうかと常々首を傾げる穣礼からすれば、この
〈Eleventh Earl of Mar〉は自分が操る下僕のようなものというより、友人、相棒というような関係性が近いような気がしていた。



また、成長とともに知ったのだが、この世界にはSPW財団なるものがあり、古代遺跡の調査や医療関連の発明、"波紋"と呼ばれる謎の健康法まがいのことを手掛けているという。
また、TVで世界の大富豪を取り上げた番組が放送されると、必ずと言っていいほど"NYの不動産王"ジョセフ=ジョースターが紹介される。
こういった点からも、穣礼は自分がかの奇妙な冒険の世界にいるのだと実感させられるのだった。





《おーい、穣礼よ。
 そろそろ寝ないと、明日の学校に間に合わなくなっちまうぞ?》

ずしりと背中に体重をかけてきた彼に、んー、と生返事を返して穣礼は時計に視線を向ける。
針が示すのは23時。確かにもうそろそろ寝ないといけないだろう。
穣礼はノートを閉じた。

『そうね。空条くんと出掛けたっていうだけでも大変なのに、遅刻なんてしたらそれこそ取り巻きに疑われるわ』



―――――
2015/09/07


主人公のスタンドは黄の節制と女教皇を足して2で割ったような感じだと思ってください。

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