葛城穣礼『これはデートなんかじゃないんです。信じてください』

そうして昼は人気のない空き教室(流石にトイレでの食事は無理だった)を転々としつつ孤食する訓練された女兵士、
休み時間はひたすら息を殺し周囲の喧騒をひたすらに耐え抜く尼僧と化しながら過ごすこと数日。





ようやく日曜日になった。

無駄に早起きしてあれやこれやと服装を考えたものの、結局どれもしっくりこなかったので着慣れた制服に袖を通す。
髪型は学校でしているように三編みでもしようと思ったが、やはり面倒になってポニーテールにする。

そして遅くも早くもないように十分前に駅前に到着してみると、遠目にも目立つ長身が。

『すみません……お待たせしました』

言った後で、まるでデート前の台詞だなと気付き、穣礼は死にそうになったが、
そんな心の内を知らない承太郎は穣礼を一瞥し、ちらりと駅の時計を見やると、

「いや……俺が早く来すぎただけだ」

そう言って、早く行くぞと言わんばかりにスタスタと歩き出してしまう。

『あ……待って……!』

目的地わかってないんでしょ!!
長いコンパスに追い付けるように小走りしながら声をかけると、そういえば、と足が止まる。

「悪ぃ……案内頼む」

最初から素直に聞けばいいのに……。
穣礼は半ば呆れつつ横に並んだ。

穣礼が承太郎と待ち合わせをした理由。
それは一週間程前のこと、不良と名高い彼が図書室に現れたことが発端である。
ちょうど委員会の仕事で図書室のカウンターに座っていた穣礼は二メートル近い巨体が書架の間を行き来するのを見かけた。
普段そんなところへ姿を現さない人物が随分と熱心に何か探しているので何事かと勇気を振り絞って声をかけたところ、探している本が見つからず困っていたとのことだった。
どんな本か訊ねたところ、確かに学校にない本であったため、買いに行くことを提案したのだが……。

よもや、自分が一緒に行かなければならないとは……。
予想外の展開にもはや溜め息しか出ない

無意識にとはいえ無駄なプレッシャーを放つ巨体が隣にあっては、落ち着いて道案内も出来なさそうだ。

それに、と穣礼は視線を周囲に巡らす。
するとちらちらとこちらを見ている人々がいるわけで……。
恐らく、あの空条承太郎が彼女を連れて歩いているとでも思われているのだろう。
実に面倒な勘違いである。

もう不登校になろうかな、と承太郎に気付かれぬよう視線を遠くにやった。

もちろん普段からつるんでいるわけでもない承太郎と穣礼に会話などあるはずもなく、終始無言で道を行く。

そして、商店街のメインストリートから一本入った路地に店を構える、馴染みの古書店の扉に手をかけ、

「おい、此処で本当にあってるのか?」

開けようとしたところで承太郎に手首を掴まれた。

埃っぽい窓に、壁に絡んだ蔦植物……と見た目にも廃屋っぽい店だ。
流石の承太郎でも不安になったのだろう

『大丈夫。
 此処なら普通は置いてない本も見つかるはずだから……』

だが穣礼は躊躇せずに開けると、勝手知ったる……と言わんばかりに本を物色し始めた。

それにならって承太郎も店の中に入り、本棚を見回す。
本棚には、日本語や英語だけではなく、ドイツ語やフランス語と思しき書物もびっしり並んでいた。
なんとなく手に取ったものをパラパラとめくると、随分と昔に出版されたもののようだった。
廃屋のような店構えにしては本の状態がかなりいいことがわかる。

それから二、三十分経った頃だろうか、
とんとんと肩、というか背中を叩かれた承太郎が振り向くと、穣礼が数冊の本を抱えて立っていた。

『目ぼしいものを見つけてきたけど、どれがいいですか?』

見れば、穣礼が抱えているのは承太郎の探していた海洋生物の事典で……受け取って確認してみると、魚類を中心に説明しているもの、ヒトデなど磯に住む生き物の生態を記したものなどどれも魅力的だ。

承太郎は一通り目を通して、ヒトデなど棘皮動物が一番多く書かれていたものとその生態について述べられていたものを購入する。
正直言うと、イルカについて書いてある本も欲しくはあったが、手持ちが少ないため泣く泣く諦めていた。

目的の本も手に入ったので店の奥にいた寝惚けた顔の店主と思しき老爺に代金を支払い、一足先に店を出て煙草をふかす。
今度はイルカさんの本を買いに来よう。
そんな算段を立てながら紫煙をくゆらせていると、店主と話し込んでいた穣礼がようやく出てきた。

『これ、空条くんの分』

本の入った紙袋を渡され、承太郎は首を傾げた。
自分が購入したのは二冊のはずだが、紙袋には三冊入っている。
二冊は棘皮動物についての本。
三冊目は、さきほど承太郎が欲しがっていたイルカの本で……。

『おじさんからのサービスだって』

そうは言うもののコイツが払ったんじゃないだろうか……。そう思った承太郎は煙草を携帯灰皿に落とし込みつつ、幾分か下に見えるポニーテールに話しかけた

「なぁ、葛城……昼飯食いにいかねぇか?
 俺が奢るぜ?」

一方の穣礼は、パニックに陥っていた。

え?……う、嘘だろ承太郎!!??
お前そんなキャラじゃないだろ!!?
平然とその辺の不良張っ倒すような硬派な漢じゃなかったのか?

脳内はかなり荒れているが、もちろんその表情筋は一切動いていない。

本当なら断って平穏な学校生活を送りたかったが、断って目の前の男を不機嫌にさせるのも気が引けたので、お言葉に甘えて昼を御一緒することになった。





昼時の少し騒がしいラーメン屋に入り、承太郎は平然と大盛りを、穣礼は普通のとんこつを頼んだ。
どうやらこの店は承太郎のお気に入りの一つらしく、注文が随分と手慣れている

目の前でラーメンが出来上がる様子を
眺めながら頬杖をつく穣礼に、承太郎は純粋な質問をぶつける。

「そういやお前、昼になると姿を消してるが、昼飯ちゃんと食ってんのか?」

すると、穣礼は一瞬微妙な表情を浮かべまたいつもの無表情に戻った。
恐らく承太郎の質問がまるで母親のようだ、とかそんなことを思ったんだろう。

『ちゃんとお昼は食べてる。
 単純にクラスの女子たちとは反りが合わないから移動してるだけで……』

何処か学校生活に倦んでいるような表情の穣礼に承太郎は同意を示す。

確かに穣礼は他の女子と違って五月蝿くないし、鬱陶しい感じもしない。
きっと周りより大人びているのではないかとも思える。
そういう点は承太郎にとってなんとなく好ましく思えた。

『そういう空条くんは授業中に姿消してるけど、進路は大丈夫ですか?』

前言撤回。やっぱりコイツも鬱陶しい女かもしれない。
やれやれだぜ、と口をついて出たそれに続けて承太郎は答える。

「勉強なら何とかするから問題ねぇ。
 進路……俺は……そうだな、海に関連する仕事をしてみたいと思ってる。漁師とか」

漁師……と呟いて穣礼は小さく吹き出した。

『空条くんは、漁師って柄じゃなさそう
 海に関連する仕事なら……例えば海上自衛隊なんかどう?船の上で仕事が出来る。
 それか海の生き物が好きなのなら、海洋学者とか』

「海洋学?」

『海に住む生物について科学するの。
 魚やヒトデやイルカとか』

「そりゃあいいな」

海洋学者か……悪くない。
そう思う傍ら、出来上がったラーメンに手をつけながら、穣礼に対しても同じ質問をbぶつけてみた。

「それで、お前は進路どうするんだ?」

進路かぁ……。そう呟いて割り箸を割る穣礼。
とんこつラーメンを一口すすって、半ば独り言のように答えた。

『医学部入れたら万々歳かな……。
 あー、でも教師なんかにも憧れるかも 結局のところ、大学次第』

そうかよ、と答えて承太郎もラーメンをすする。
どうやら会話は、終わったものとされたらしく、そこから穣礼は無言だった。

とことん喋らねーヤツだな……。
承太郎もそう口数の多い方ではないが、聞かれたら答えるのに自分からは全くと言っていいほど開こうとしない穣礼がいっそ心配になってくる。

ちらりと横を見れば、湯気で眼鏡が白くなっているにも関わらず、マイペースに箸を進める穣礼の姿が。

「眼鏡」

『……んん?』

「眼鏡、外さねぇのか?」

それじゃ手元も見えねぇだろと指摘すると、大丈夫です、などとぬかしたので、
ひょいと鼻先に引っ掛かっていたそれを奪ってみる。

ちょっと……!と伸ばす手が届かなくて苦戦する穣礼の様子を横目に、眼鏡を自分の目の前にかざしてみたとき承太郎は違和感を覚えた。

眼鏡の先の景色が歪んでいないのだ。
度の入ったレンズなどではなく、ただのガラス板越しに見ているかのように。

伊達眼鏡……ってやつか……。

どういう意図で穣礼がこれをかけているのか承太郎にはわからないが、別に彼女の顔が酷いことが理由でないのは流石にわかる。

理由は……聞かなくてもいいか。

目の前にかざした眼鏡を下げた瞬間を見計らって穣礼が手を伸ばし眼鏡を奪い返す。
そういうところを見ると、視力は悪いというわけではなく、むしろ良い方では?
とさえ思えた。

再び二人の間から会話が消え無言のままラーメンをすする音だけが場に残る。


――――――――
2015/09/07

主人公はあまりしゃべりません。
しかも図書委員三つ編み眼鏡、そして陰キャラという漫画みたいな印象。
でも眼鏡は伊達眼鏡で……?

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