吸血鬼の歴史

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吸血鬼の歴史は人類誕生にまで遡り、その始祖は、人類で最初に殺人を犯したとされるカインであると言われている。


・カインとアベルの物語

　原初の人類であるアダムとイブの間にはカインとアベルという息子がいた。
アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。
　
　時を経て、二人は主に、自らの持ちうる最上のものを供物として捧げることになった。
カインは土の実りである農作物を、アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。
供物を祭壇で焼いた時、カインの捧げた供物はすぐに燃え尽きてしまったが、アベルの持ってきた供物は芳しく焼けあがり、主を喜ばせた。
　自分の供物は無視され、弟の供物が祝福されたために、カインは激しく怒って顔を伏せた。
主はカインに言った。
『どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。
　もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。
　正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。
　お前はそれを支配せねばならない』

　カインは自分の育てた作物では供物として不十分であることを悟った。
そのため、カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に誘った。
野原でカインは弟・アベルを襲って殺すと、祭壇の火で焼いてしまった。
カインの持ち得る最上のもので、農作物に勝るもの……それはアベルのことだったのだ！

　主はアベルの姿が見えないことを不審に思ってカインに訊ねた。
『お前の弟アベルは、どこにいるのか』
カインは答えた。
「知りません。わたしは弟の番人でしょうか」
　もちろん嘘だった。カインのついたこの嘘は人類が初めてついた嘘と言えた。
　だが、その真偽はすぐに主の知るところとなった。血に染み込んだアベルの血液から彼の死が露見したのだ。そして、死に至らしめたのがカインであることも。

　主はカインにこう告げた。
『何ということをしたのか。
　お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。
　今、お前は呪われる者となった。
　お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。
　土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。
　お前は地上をさまよい、さすらう者となる』

　かくして、カインは主の前を去り、エデンの東へと放逐された。




・第一始祖"流浪者"カイン

　エデンの東、ノドと呼ばれる土地でカインは一人の女と出会う。
アダムの最初の妻にして、神に離反した闇に住まう女怪・リリス。
彼女はカインを家に連れて帰ると、飢えに苦しまぬように食べ物を、寒さに震えぬように衣服を、寂しさや悲しみのために涙を流さぬよう慰めを与えた。

　カインはあるときリリスに訊ねた。
「あなたは闇から、どのようにしてこの家を建てたのか？
　どのようにして衣服を作ったのか？
　どのようにして食物を育てたのか？」
するとリリスは微笑んで言った。
「あなたと違って、妾は〈覚醒〉した身。
　妾にはあなたの周りのいたるところに紡がれる力の糸が見えます。
　妾は自分が必要なものを〈力〉で造ったのです」

　それを聞いてカインは<覚醒>を求めた。
リリスはナイフを取って自らを傷つけその血を器に注いでよこした。
カインはそれを飲み干した。血は甘く感じられた。

　<覚醒>したカインの元へ４人の天使が現れた。
彼らはカインに悔い改めることを勧めたが、彼がそれを断ると、呪いを授けて去って行った。
ミカエルは<炎を恐れる>呪いを。
ラファエルは<太陽に灼かれる>呪いを。
ウリエルは<不死性>と<血を吸って生きる>呪いを。
最後に、慈悲深いガブリエルは<救済の小径(ゴルコンダ)>を示した。

　こうしてカインは呪われし者となった。



・次世代の誕生、そして洪水

　リリスのもとで力を付けたカインはやがて彼女の元を離れ、さすらい始めた。
そうして、後に生まれた弟・セタとその子孫たちの築いた街・エノクへとたどり着く。
セタと子供たちは彼を歓迎した。
何故なら、<主の御印(のろい)>がついた彼を害せば、七倍の報復が返ってくることが約束されていたためである。

　はじめこそ、その能力を生かし、街を繁栄に導いていたカインだが、自分と同じ存在がいないという状況に耐えられなくなって特に近しかった人間を<抱擁>し、三人の子――後に第二世代と呼ばれる者たち――を生んだ。
彼らに(遺伝的な意味での)血のつながりは無いものの、彼らは<血>によってつながっているとして自分たちを<血族>と呼んだ。

　第二世代の血族たちもまた親であるカインに倣って<抱擁>を行い、第三世代を生んだ。
後に生まれた吸血鬼たちも気に入った人間を<抱擁>して次の世代を生んだ。
だが、あまりに野放図に過ぎる<抱擁>に街は血族であふれかえった。

　血族たちは力で劣る人間たちを隷属させ、奔放に振る舞った。
そのために神の怒りを買い、世界を大洪水が襲った。
ノアの一族を除く人間と弱い血族は皆押し流され、カインと第二世代である三人の血族、そして十人あまりの第三世代だけが地上で生き残った。



・洪水のその後、争い

　洪水は自らの広めた<抱擁>に対する報復だと考えたカインは姿をくらました。
第二世代は以前のように自分たちで街を統治しようと考えたものの、カインなき今、そんなことが上手くいくはずもなく、血族の中に混乱を生んでしまった。
そんな中、第三世代の血族は次第に力をつけると、自分たちの上に君臨していた第二世代たちを殺害し、自分たちで街を治め始めた。

　だが、皮肉なことにカインの子孫ともいえる血族たちは彼のように嫉妬深く、また、嘘つきでもあった。
共同で街を統治していたはずの彼らはやがて憎しみ合うようになり、争い始めた。
自分の孫子を尖兵として相手にけしかけ、ついには街の、争いとは無関係な人間まで巻き込んで戦争に明け暮れた。
この戦争は"ジハド"と呼ばれ、今日まで続いていくこととなる。

やがて第三世代の吸血鬼たちは自分の子や孫を率いて"群れ(クラン)"を形成しはじめた。
これは"氏族"と呼ばれ、今でも自らを表す標として用いられている。

　"ジハド"によって疲弊した血族たちは歴史の表舞台から姿を消し、人間の時代がやってきた。
だが、その背後には常に血族の姿があり、かつて行われた戦争も、国々の興亡も、彼らの手が入っていたとも言われている。



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