人間、胃さえ掌握すればどうにかなる
幻想大陸群・第三大陸 某所
空は青く高く澄み渡り、辺りを見渡せば、視界の限りに続く緑の絨毯、そこを突っ切るように引かれた白砂の撒かれた街道。
まさに、THE 草原とでもいうような景観のど真ん中に、およそ似つかわしくない建物が建っている。
豆腐建築の名で親しまれる、黄金比ともいうべき直方体、一面がガラス張りのクールな内装、屋内は蛍光灯で輝くように照らされていて、棚に陳列された商品がいやに魅力的だ。
そう、その建物とは……
――いつでもあなたのお傍に、「イセカイマート」
いわゆる、コンビニエンスストアである。
そんなコンビニの前に、どうやら揉めているらしい一行がいた。
<なぁなぁ、マスター、ジャリパン買ってくれよぉ>
「え〜、……やだ」
「ねぇねぇ、キュー、あたしにも抹茶チョコ買ってぇ〜」
「だが断る!」
二人?に取り付いておねだりされているのは黒衣の少女で、ゴスロリのようなワンピースの上から、襟を立てた丈の長いマントを羽織っている。左目にかけたモノクルがインテリな雰囲気を醸し出し、つばの広いとんがり帽はまるで魔女のそれだ。
キューの名前で親しまれるその少女の名前はキュールシェーン=トーアベルク。
自称・魔法少女であり、魔術師としては異色な科学大陸出身である。
そんな彼女に抹茶チョコをお願いしていたのは、キューの親友であり、看護師の免許も持っている、治癒者(ヒーラー)、エウクレイア=メディカメンタム。
彼女はナース服をアレンジしたようなワンピースに身をまとっており、むっちりとした脚を膝ほどもあるブーツとオーバーニーソックスに包んでいる。頭には、ちょこんとナース帽が乗っている。
そして、最後に、ジャリパン、ジャリパン……と連呼しているコイツ。
その姿はどう見ても人間ではない。
青くつるりとしたゼリー状の円錐型、そのてっぺんにはさわさわと触手が揺れている。
円錐の底面には、棘皮動物を思わせる管足がびっしりと生えており、なるほど、これを使って移動しているようだ。
こいつの呼び名は触手。姿から分かる通り、人外である。
本名は別にあるそうだが、曰く"その名を呼んだだけで災いが起こる"とのことで偽名を名乗りもしているが、だいたいは触手と呼ばれていた。
数年前にキューの手で魔界から召喚されたという"強力な上級魔族"らしいが、この姿からはとてもそんな想像は出来ない。
<ほら、マスターよぉ……勤勉でチャーミングな使い魔にご褒美とかさぁ!>
そんなことを言いながらぺしぺしと自分を指し示す触手に、二人の少女は即答した。
「「そんな勤勉でもチャーミングでもねーだろ!」」
あまりにもきっぱりと言われ、青いイソギンチャクは一瞬、触手をピンと伸ばして硬直したものの、すぐにカッと体色を赤に変えて怒り出す。
<何を言う!俺の協力なくして、それなりに安全かつ快適な旅は成り立たないんだぜ!!そもそもマスターの持ってるガジェットそれ自体がだな……(以下省略)……>
身体の表面に(`Д´#)という顔文字まで出して怒り狂う触手の姿はシュールを通り越していっそ滑稽だ。
顔のないイソギンチャクの姿をしている触手は、自分の感情を表すのに体色を変えたり、身体の表面に顔文字を表示して意思表示することが多い。
もちろん話すトーンでもおよその感情は聞き取れるが、触手自身、こうやって意思表示することを気に行っているようだ。
だが、さすがに、こうガミガミと言われると面倒臭く感じるのが人間の性。
キュールシェーンは自身の羽織るマントをごそごそと探り、あるものを取り出した。
つるつるとした質感の袋に、こんがりふっくらと焼けたコッペパンが入っている。
しかし、そのコッペパンには切れ目が入っており、中にはつぶつぶとした質感を残すふわっと柔らかそうなクリームが……そう、これは……、
<ジャリパンだッ!!!!??>
触手はそれを見るなり奪い取ると、天辺から生えた触腕を使って器用に袋を開け始める。
<ありがとう、ホント、マジでマスターありがとう……>
そんなことをぶつぶつ言っている彼に怒りの色はもはや無い。
((毎度ちょろいよな……コイツ……))
キュールシェーンとエウクレイアがそう思う間に、触手は、円錐のてっぺんをぱっくりとバナナの皮が剥けるような動きで口を開き、ジャリパンを咀嚼し始める。
人間で言う顎……今の絵面でいうなら、バナナの皮の裏にあたる部分にはびっしりと細かな牙が並んでおり、ちらちらと細長い舌が見え隠れしている。
正直見ていてあまり気分の良いとはいえない食事風景からそっと目を逸らしつつ、エウクレイアは口を尖らせた。
「ねえ、コイツだけにあげるなんてズルいんだけど」
するとキュールシェーンは面倒臭そうに、はいはい、と返事してマントをごそごそすると一つの箱を取り出した。
紙製のパッケージに“抹茶チョコ”の文字。
すると、エウクレイアは破顔してキュールシェーンに抱き付く。
「やっぱりキューは最高!!」
ボリューミーな胸と、鉄拳の名に恥じぬ強い腕力による全力のホールドに少しくらくらしつつ、
(やっぱ、人間……一人違うけど……胃さえ掌握すればどうにでもなるんだなぁ)
なんて小学生並みの感想を抱いたのであった。
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現在ここまで
2015/5/6
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