第八話 タークスの魔の手から逃れA

ようやく屋根から地面に降りることが出来て、一行はほっとする。
後ろから追跡してくる影も無く、どうやらうまくタークスたちを撒くことに成功したようだ。

「ふ〜!やっと下りられた!
 さて、と……こっちよ、わたしの家は。あの人たちが来ないうちに急ぎましょ」

意気揚々と歩きだそうとしたエアリスだが、何かに気付いたように立ち止まった。

「どうした?家に向かわないのか?」

訝しげな顔をするクラウドを後目に、エアリスは唐突に駆け出す。
途中、何かと会話するように口が動いていたところを見ると、彼女だけに聞こえるという"星の声"でも聞こえていたのかもしれない。

後を追うように駆け出したクラウドとは打って変わって、レイディアはのんびりと歩いて二人を追う。
追いついてみると、二人は何かの横にしゃがみ込んでいた。
うめき声をあげているそれは、どうやら人間らしい。
ぼろぼろの黒布をまとっているが、浮浪者か何かだろうか?

「ここの人、病気みたいなの。
 近くで倒れていたのを誰かが助けたんだって」

中毒者なのか単純に打ち捨てられてしまったのかわからないが、男の不潔極まりない様子にクラウドは少なからず不快感を抱いているようだ。
だが、「ね、助けてあげられない?」とエアリスに上目づかいで問いかけられ、どうするべきかと悩んでいるらしい。

「悪いが俺は医者じゃない」

どうにかそう絞り出したクラウドに、そうか、と声をかけレイディアは彼を押しのけ男の傍に屈む。

『本職が見てやるからお前は外の空気でも吸って来い』

アンタなぁ……といらだたしげに声をあげるも、クラウドの声は既にレイディアには届いていなかった。


どうも、この浮浪者の容態を見るに、重篤な障害を負っているらしい。
反射が鈍り、知性を失ったかのようなこの症状、そして淡く光るグリーンの瞳から見るに、間違いなく"魔晄中毒"だろう。

"魔晄"は生活を支えるエネルギーであり、魔晄炉と呼ばれる特殊な施設から供給される。
これを浴びると、驚異的な身体能力を獲得し、"ソルジャー"と呼ばれる特殊な戦士になれるが、この"魔晄"を浴びすぎると中毒症状が出るのだ。
原因としては、"魔晄"は星から湧き出す知識の奔流であり生命。
それゆえ、人間の脳が許容できる量を超えると脳みそがパンクしてしまい、その機能を失うのだという。

だが、"魔晄"の湧くところは神羅カンパニーが管理しており、一般人が"魔晄"そのものと触れ合う機会などないはず。
あるとすれば、魔晄炉に無断侵入し、誤って魔晄溜まりに落ちたか何かだろう。
それか……。

レイディアはもう一つの考えを振り払い、再度魔晄中毒の男に、その傍のエアリスとクラウドに視線を向けた。

『残念だがエアリス、この男は魔晄中毒だ。
 私でも助けられそうにない』

レイディアの言った通り、魔晄中毒の治療法は未だに確立されていなかった。
いや、もし確立されていたとしても、この類の障害を治療しようと思えば長期の入院が必要になるだろう。
医者ではあるが、それだけの面倒を見る余裕は、レイディアにはない。

「そう……そうよね……」

どこかしょんぼりとするエアリス。
わざわざ男の手を取り、顔を覗き込むという仕草だけでも彼女の優しさが伝わる。
ふと視線を下げたエアリス。
男の手を見てあるものに気付いたようだ。

「あら?この人、イレズミしてる」

よく見ると男の手の甲に何か彫ってあった。
少し装飾された文字だが、数字の2に見える。

『数字の2か……』

まるで家畜かなにかのようだ……と考えたところで、先ほど振り払った疑念が再び頭をもたげた。
魔晄に浸された男……まるで番号でも登録したような「2」の刺青……。
ならば、「1」は?そして続きの数字は何処へ?

『(考えれば考えるだけキリがない……もし、本当に"そう"なら、元凶を叩きのめせばいい話だ)』

レイディアは静かに立ち上がると、もう行こう、と二人に声をかけた。

『恐らく、この男はここにいても大丈夫だ。
 それよりも追っ手のことが気になる。エアリスを早く送ってやらないと』

でも、と言いかけたエアリス。
だが、その言葉はクラウドに飲み込まれた。

「そうだな。早いところ家まで送り届けて彼女の親を安心させないと。
 依頼を達成したことにならなくなる」

まるで示し合わせたようなやりとりに、エアリスは少しだけ不服そうな顔をしたものの、うん、と小さく返事して歩き始める。
だが、やはり後に残してきた男のことが心配なようで、何度も気づかわしげに後ろを振り返っていた。



―――――
2015/08/30

本編はここまで

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