その日は例年にない冷え込みで、四月だというのにひどく寒かった。
外を見れば、街を行きかう人々はみなコートの裾を翻らせ、吹きすさぶ風に身を縮めながら歩いている。

そんな様子を眺めながら、ヴィンセントは真向かいに座る女――恐らくは先輩にあたるタークス――の話を聞き流していた。
他のタークスは任務に出ているらしく、オフィス内の人はまばらだ。
そして、オフィスに残った数少ないタークスたちも、書類仕事に追われているようで、この女の声以外には、キーボードを打つ音や紙にペンを走らせる音しかしなかった。

「だからさぁ、ヴィンちゃん」

と、馴れ馴れしい呼び方をされ、ヴィンセントは思わず顔を顰めた。
先ほどから彼女が手に持って、頬張っているチョコバーの甘ったるい匂いが鼻につく。

「タークスって、いわゆるブラックな部署(とこ)なんだけど、気楽にやっていきましょーねってわけ。
 そんで……」

と言葉を続けようとした矢先に、

『ちょっといいですか、ジーナさん』

一つの声が割り込んできた。

窓の方に向けていた視線を声の主に向ける。
ひどく既視感を感じた。
肩ほどで切った短い黒髪に、赤い瞳、そして、中世的な顔立ち。
なんだか、鏡を見たような心地になる。

だが、先の尖った耳と、どこか好戦的な表情は、自分には無いものだった。

ジーナさんと呼ばれた女はきょとんとしたようにヴィンセントと割り込んできた人物を見、けたけたと笑い始めた。

「ああ、びっくりしたぁ……。
 似てる似てるとは思ったけど、やっぱ並べてみたらすごいものよねぇ。」

『ジーナさん、冗談はやめてください』

「いいじゃないのよ、レイディアちゃん。
 アンタのパートナーでしょう?
 似た者同士のほうが息が合いそうじゃない」

その言葉に、その人物――レイディアと呼ばれていたが、もしかして女性なのだろうか?――顔を顰める。

『その辺はまた今度話し合うとして……主任が呼んでます。
 行かないと今頃拗ねてますよ、あの人』

仕方ないと言いたげに紡ぎだされた言葉に、ジーナとかいう女は、なんですって!?とものすごい勢いで立ち上がった。

「ごめんなさいハニー!すぐに行くわ!」

ドタバタと去って行った女の背中を見送りながら、ため息をつくと、偶然か、レイディアというのとタイミングが重なった。

「その……アンタは……?」

誰だ?と言外に尋ねると、レイディアは剣呑な視線を向けた。
そして、ちょいちょいと手を動かし、さっさと何処かへ歩き始める。
どうやら、ついて来いと言いたいらしい、と解釈し、ヴィンセントは立ち上がると、慌てて後を追った。





オフィスを出て、廊下に出たところで足を止め、レイディアはようやく口を開いた。

『私の名前はレイディア=サングィルーネ。
 ジーナさん……先ほどのタークスが言っていた通り、お前とコンビを組むことになっている。
 だが、足手まといになったら即座に見殺しにしてやるから、肝に銘じておけ』

随分と挑戦的な自己紹介にヴィンセントは鼻白んだが、自己紹介を求めているらしいレイディアの視線を受け、

「……ヴィンセント=ヴァレンタインだ。
 出来るだけ見殺しにされないように善処する」

そう言って手を差し出し、握手を求めた。
だが、レイディアはそれを無視して歩き始める。

「……おい、」

あまりに礼を失した行動に、ヴィンセントは声を荒げる。
だが、レイディアは何処吹く風とでも言いたげな雰囲気で、ヴィンセントに紙束を投げ渡した。
受け取ったそれは、どうやら、任務の事前調査書らしく、反神羅組織の名前と、構成員の数、アジトの場所などが記されている。

『いきなりだが、任務が入った。
 内容は反神羅組織の殲滅。現場までは車。
 免許は持っているな?』

「あぁ」

『OK、話を続けよう。
 基本的に銃火器は、今から案内する倉庫に置いてるから、目ぼしいものを選んでくれ。
 自分の手に馴染んだ物を使いたいなら、それを持ち歩いてもいい』

「わかった。
 ところで……」

とレイディアに尋ねようとして、ヴィンセントは、やっぱり何でもない、と首を横に振った。
きっとプロ意識の高そうな彼女のことだ、武器は何を使うかなど、教えてはくれないだろう。
ヴィンセントは、紙を乱雑に折りたたんで、スーツのポケットに突っ込むと、少しだけ低い後姿を追いかけた。





やはり、元は武器製造会社と言うべきか、神羅の武器庫はかなり豊富だった。
ハンドガンはもちろん、ショットガン、ライフル、マシンガン、果ては、ロケットランチャーや火炎放射器などの銃火器。
手頃なソードから、レイピア、サーベル、バスターソード、更には、ウータイ産の刀(大業物とかいうものだろう)まで置いてある。

弾薬も豊富にあり、それも、高性能な代物ばかりだ。
ヴィンセントは、銃火器の数々に目を輝かせた。
本当ならば、もっと時間をかけて見定めたいものだが、レイディアを待たせるのも憚られるため、目についたものを次々と手に取っていく。

そして、それらを車――ご丁寧にもトランクは二重底で、かなりの大容量だった――に乗せると、地下駐車場から勢いよく発進していった。





薄闇に若者の落書きが目にも鮮やかな裏路地。
廃墟然として、戸口に板で目張りのされたビルの一つから明かりが漏れ出していた。

耳を澄ませば、どうも十五人ほどの声がする。

『さぁ、狩りを始めようか』

そう言ってレイディアが取り出したのは狙撃用ライフル。
一丁をヴィンセントに持たせ、もう一丁を自分で持つと、隣のビルへの扉を開けた。

わざわざそのようなことをしなくとも……とヴィンセントはアジトであるビルを指すが、レイディアは首を横に振った。

『正面から行って十数人を一気に相手にする道理はない。
 まずは数を減らし、それから突入して殲滅にかかる。
 そのほうがリスクが少ないだろう』

そう小声で説明して、そそくさと先に行ってしまった。
また置いてけぼりか……と肩を落としつつ、レイディアを追って上階に上がる。

ちょうど光源のある階を見下ろす位置に来たところで、レイディアは、既にライフルを構えて待っていた。

遅いぞ、などと言う小言を聞き流しつつ、ヴィンセントもレイディアに倣ってライフルを構える。
スコープを覗くと、裸電球の下で頭を寄せ合う男たちの姿が。
密集しているので、ある程度は狙いが狂っても、誰かに当たるだろう。

どちらともなく、引き金を引けば、部屋の中で押し殺されたような銃声が響いた。
直後、スコープの向こうに赤が散る。
不意に死んだ仲間におろおろする男たちを次々と沈めていると、急にレイディアが立ち上がった。
ブンッと振った手の中には、いつの間にか、死神が持つような大鎌が握られている。
レイディアは助走をつけて窓の外へ飛び出すと、そのままアジトに飛び込んでいった。

慌ててヴィンセントもアジトへ飛び込んだものの、勝負は既についていた。

降参のポーズを取り、ぶるぶると震える数人の男。
その前で鎌にもたれてヴィンセントを見つめるレイディア。

『遅い。こっちはもう終わったぞ』

些か不機嫌そうなレイディアの後ろで、男の一人がそっと銃を構える。

(危ない!!)

考えるよりもさきに体が動いていた。

ヴィンセントは拳銃を構え、男の手元を打ち抜く。
指を吹き飛ばされ、男が苦悶の声をあげて倒れたのを見て、ようやくレイディアは状況を理解したようだった。

きょとんとした表情から一転、恐ろしい形相で男たちを振り返り、

                              ……鎌を振り切った。

男たちの首は、まるでボーリングのピンのように、てんでバラバラに転げ落ちたが、どういったわけか、血の吹き出す様子は無い。
しかし、あたりに物が焦げたような、気分の悪い臭いが充満しているところをみると、火属性の魔法でも使って、傷口を焼き塞いだらしい。

(器用なことが出来るものだな……)

一人感心していると、複雑そうな表情のレイディアが目に入った。
何処となく不機嫌そうにヴィンセントを見つめる彼女に、何か悪いことをしただろうか……と考えこむが、フイッと視線を外してレイディアは本社に連絡を取る。

『こちらレイディア。
 任務は終了した。死体(バディ)の数は23。
 後処理頼む』

手短に報告を済ませると、辺りを警戒していたヴィンセントの肩を叩く。

『早くここを出よう』

レイディアの言う通り、この空間には、血と硝煙と埃とでかなりひどい臭いがする。

それから続けられた、それと……という言葉にヴィンセントはレイディアを見つめた。

『さっきは……ありがとう』

ほとんど聞こえるか聞こえないかくらいの音量で言われたそれに、ヴィンセントは頬を緩ませた。
すると、レイディアは顔を真っ赤にして、踵を返す。

『もういい!お前など置いて帰ってやる!』

足早に向かうレイディアを微笑ましく見つめながら、ヴィンセントは彼女の背中を追いかける。

ビルから出て、ふと空を見上げれば、灰青色の空の端、カラスが佇んでいるのが目に入った。
寒風に耐えるようにしている、その静かな黒い影が妙にタークスのように見えて、おかしみとよくわからない実感めいた気持ちがこみ上げる。

『おい、ヴィンス!早く来ないと本当に置いて帰るからな!』

少し遠くから聞こえた声にヴィンセントは、今行く、と返事して歩き始めた。


(そういえば……)
(なんだ?)
(その、ヴィンス、というのは?)
(いちいち名前呼ぶのが面倒だから略してみた)
(そ、そうか……)

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