どうしてお腹は空くのかな。わたしは木々をかき分けながら考えた。どうして体は疲れるのかな。切り株をふたつ飛び越えた。どうして人は生まれるのかな。大きなヒルがわたしの血を吸っている。ここはどこかな。

「ふう・・・」

いつの間にやらわたしの脚を堪能していたヒルに手を伸ばす。うは、気持ちわるい。引っ張っても引っ張っても、ヒルは一向に食らいついたままで傷口が痛むだけ。このまま血を吸い続けて、こいつはどんどん大きくなって、わたしより大きくなって、わたしは死んじゃうのかな。それって。それっていいかも。結構いいかもしれない。それはいい。あんまり痛い思いをしないで死ねそうだ。

「よし、たんと吸いなさい」

大きな倒木に腰かけて、わたしはなまえって言うんだよと、わたしを殺す彼か、彼女かへつぶやいた。着実に大きくなるヒルをみていると愛着が湧き、名前をつけてあげようかと思ったけれど思い直してやめた。死ぬ前に、そんな馴れ合いじみたことをしたってしょうがないものね。

「キレイだな〜・・・」

全てが緑に覆われていた。まだ昼間なのに少し鬱蒼としている。影のある深い緑色の世界に、時々葉っぱや露が星のように煌めいていた。どこを見ても同じ風景なのに全く飽きない。銀河とか、美しいひとの心の中を見ているようだった。ぜんぜん悪くない。そのまま倒木に寝そべって、死ぬ準備をした。

「・・・あっ」

わたしは声をあげた、思い出したから。森の中、ここまで歩いている途中にお墓を幾つか見たんだった。卒塔婆のような棒が立っていたり、盛り上がった土、木に字が掘ってあったり、そんなお墓を見たんだった。落ちていた木の枝を二本拾い、蔦のようなもので十字に縛る。お花が欲しいな、と思って辺りを見回していると、ガサッガサッと葉擦れの音がした。ガサ!!

「・・・お」
「・・・」

林から大きな男のひとが現れた。黒い髪に黒い瞳、オオカミみたいな人。オレンジ色のテンガロンハットを片手で抑えている。一瞬時が止まった。

「・・・何してんだ、おまえ」

こんなところで。はっきりとした声で訝しげに聞いてくるその人に、わたしは少し恥ずかしくなる。十字架をいじりながら小さな声で答えた。

「お墓を作ってるの」
「なんで」
「死ぬから」

はあ?と言うようにその人は顔をしかめた。信じられない、と言うよりは何言ってんだこいつ?という感じ。それがありありと伝わってきた。孤児院にいた時も、よく周りの人にそんな顔をされていたことを思い出す。やっぱり、わたしが、いつも間違ってるんだ。だからこれで間違ってない。

「なんでだよ、病気か?」
「ううん、これに殺されることにした」

そう言ってヒルを指すと、その人は「ばかじゃねえの」と言って指先から炎をだした。うそ、どうやって。そう思った時には大分膨らんだヒルのお尻が燃えだして、ポロリと落ちた。

「あぁー」

わたしのために用意していたお墓は図らずしもわたしを殺すはずだったヒルのお墓になってしまったので、そっと亡骸に十字架を添えた。

「きゃっ」

するといきなり太ももに触れられ、その手がスカートをずり上げた。そっとその人がわたしのももに口付ける。何してるの、と声をかけるとそのまま黒い瞳だけがわたしを見上げた。すごく恥ずかしい。

「・・・ペッ。血ぃ吸ってんだよ」
「あ、あなたも血が欲しかったの」
「おまえほんとばかなのなー」

眉毛をあげて、吹き出すように笑われた。

「ヒル毒は出血が止まらなくなる。吸い出さねえとしばらくはダラダラだ」
「へぇ・・・ありが、」

とう。と言いかけて、わたしは眉を寄せた。死ねなかった。この人は助けてくれたつもりだったのかもしれないけど、わたしは救われない思いでまた歩かなくちゃいけない。余計なお世話、とはなぜか言えなかったけれど・・・。

「おまえ迷子か?」
「えっ、と・・・」

言うのめんどくさいな。そう思っていると、「街まで連れて行ってやろうか」とその人はわたしの隣に腰かけた。

「わたし街からきた」
「まあ、そうだろうな」
「わざわざ来たの、ここに」
「死ぬためにか?」

わたしは無言で頷いた。正確には、孤児院を出なくちゃ行けなくなったから。

「おまえいくつだよ」
「16歳」
「ふう!」

その人は仰天、と言うようにわざとらしく仰け反ったあと、じいっとわたしを見つめた。恥ずかしくて、わたしが少し笑うと眉を下げて微笑み返した。

「なんでだよ」
「え?」
「なんで死にたいの」
「うーん・・・」

うーんうーんと頭を捻る。わたしは言いたいことをうまく伝えるのがとても苦手で、今もすごく、なんて言ったら解ってもらえるのかなって、慎重に言葉を選んだ。ぽつ、ぽつ、とわたしが喋るのをその人は黙って聞いていた、ずっと。

「生きてると、小さな悲しいことがいつも、いくつもあって」

「それに気づいたらだんだん、息をするだけで胸が痛むようになって」

「悲しくないようにしようってすると、みんなは変な顔するの、本当はわたし、悲しくてたまらないのに」

「誰も、わたしが居なくても、困らないし」

「ずっとずっと消えたかったけど、結局追い出されるまで、死ぬ勇気がでなかったの」

「どうしてかな・・・」




「どうして人は生きてるのかな」




そう言うと、その人はふっ、と笑って言った。死ぬためさ。




「・・・そして大事なものを守るため」
「大事なもの?」
「そうだ。誇りとか夢とか、仲間とか・・・愛する人を守るために生きて、守って死ぬの」
「あいする・・・」

その人の話を聞いて、わたしは何となくピンときていた。その話が本当なら。わたしは誇りとか夢とか仲間とか、愛する人について考える。どれも真っ黒で、うまく想像できない。

「おまえはそっから逃げたいんだな」
「逃げる?」
「何も持ってない自分からさ」
「たしかに、あなたの話をきいてても何も思い浮かばないの・・・」

わたしはそれが悲しいの?そう言うと、その人はしっかりと首を縦に振った。

「たしかに死んだら悲しさもついてこれやしねえ。生きようとするから悲しいんだ。・・・船は早く進もうとするほど波の抵抗をうけるだろ」

じゃあ、やっぱり死ななくちゃ、悲しみは終わらないんだ。口を開きかけると、その人はわたしの頭を優しく撫でた。

「おまえは生きようと頑張ってる。生きようとしてるから辛いんだよ。悲しいのも、辛いのも・・・」




「それは正しいことなんだよ」





胸がえぐられるような言葉だった。「わたしは間違ってないの?」そう聞くと、うんうんと首を振る。わたしがぎゅっと拳にちからをこめると、その人はオレンジ色のテンガロンハットをわたしの頭にのせ、「ハンカチはねえ」と笑った。












「ねえ、あなたの大事なものってなに?」
「うーん・・・」

わたしが尋ねると、空を仰いでその人は考えた。「自分以外の誰かかな」そう言って、ヒルのお墓を避けて立ち上がると、わたしに手を差し出す。わたしの胸の痛みはいつのまにか治っていた。その眩しい笑顔をみて、気づいたんだけれど。

「おれはエース。おまえは」
「なまえ」

エースは、なまえ、と繰り返して二カッと笑う。そして「ちなみに、ヒルじゃ死ねねえぞ」と言ってわたしの手を引いて歩きだした。






いばらのみち







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