星がきれいな暑い夜だった。このところよく眠れない。ナイトキャップ片手にカルテとも言い難い、処分できずにいる簡単なプロフィールたちをめくっていた。やけに落書きの多い、とある船員のページで手が止まる。1月1日生まれ。誕生日に関して曖昧に笑って話していた。身長185cm。はじめて彼を診たのはまだ少しそれに足りてない、18歳になろうかというとき。ボロボロだった。それから。それから、知識なんて当てにならない「驚異の回復力。」「健康優良児のお墨付き。」「骨が一本折れているくらいがちょうどいい。」エトセトラ。なんたる書かれよう。紙のすみの方で小さな白衣のエイリアンがこっちを見ている。よこに更に小さく書いてあるそれの名前はなまえ、絵心のかけらもない。

「ふ、」

可笑しいな。ダメにならずにはいられない。こんな風に、わざといたむ胸をえぐっているのだからタチが悪い。さようならを言えなかった。だからきっと思い出しちゃうんだ。あの日ばかりーーー・・・








「変だな、そんなに傷むの?」
「・・・いや全く」
「はあ?」

「冷やかしか?」と彼の顎を持ち上げ、顔色を確かめるようにまじまじと伺っていると、少しブサイクになった顔で「キスすんぞ」とのたまった。傷の程度も程度だし、いつもハキハキしている彼の掴み所のない様子。殴り合いの喧嘩ごときの傷で、素直に診せにくるような人では到底なかった。

「・・・おだいじに」

つん、と今しがた絆創膏をはった鼻をつつき、椅子に腰かけた。彼はわたしの船医室から出て行く気配をみせず、綺麗とは言えないシーツのうえに仰向けになった。

「どうせ暇だろ、おまえ」
「あんたもね」
「おれは忙しい」
「・・・昔はしょっちゅう保健室登校してたくせに」
「なんだよ、寂しかったか」
「ぜーんぜん!」

わたしが顔にしわを作って答えると、彼はようやく声をだして笑った。それが嬉しかった。本当は、かすり傷でもなんでも、久しぶりに来てくれたことだってたまらなく嬉しかった。嬉しかった。そう言えばよかった。

「なあ、オヤジって、元気かよ?」
「オヤジ?当分死ぬ気ないねあれは」
「ほんとか」
「じゃあ嘘。もって1ヶ月」
「・・・おまえって」

後ろに腕を組んだ頭を少し持ち上げて、不服そうな顔を向けられる。そんな顔をされると面白くて、いつも心にもないことを言って意地悪していた。

「ヤブ医者ですよ」
「・・・思ってねえよ」

エースは眉を寄せて、一途な瞳でわたしを見た。2回首を横に振って低い声で、思ってない、と。

「うそだよ・・・ありがと」
「思ってねえもん」
「じゃあ、オヤジも、まあそれとエースも」
「おれおまけ?」
「みんな助ける。絶対わたしが助けてあげる」

私が見つめ返すと満足そうに「そうか」と目を伏せて笑って、エースは言った。約束な。

「死んだら化けて出てやる」









エースはその日、更なるかすり傷をつくったのちひとり船を飛び出していった。嘘っぱちで、でたらめなわたしの強がりが、あの日エースの背中を押してしまったのだろうか。どうしても思い出してしまう記憶をあやふやにして消し去るように、汗をかいたグラスを一気に煽ると、体の芯までひやっとした。



「なまえ」



ふいに背後から聞こえた声。息が止まる。

「ヤブ医者め」

もう一度聞こえたその声は、はっきりと、悪戯っぽく、囁いた。恐る恐る振り向けば、誰もいないベッド。綺麗とは言えないシーツが敷かれている。目を凝らして探せばシワのひとつでも見つかったかもしれないけれど、わたしは無性に泣きたくなる。エースだけが約束を守った。彼らが死んでから49日目の、星がきれいな暑い夜だった。







うそつきはドクターのはじまり
















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