「エースー」

ずーっと上の方ではためく黒いドクロを眺めながら、おれは退屈だなぁとしみじみ思った。海は自ら「キラキラ」といいだしそうなくらい輝いているし、あのドクロだって相も変わらず誰にも尻尾を振らないで、しかと世界を見渡している。

「エースー?」

しかしなぜだか色あせて見える、ぜんぶどうでもいいっていうか。退屈は人を殺し得るというの、あれは本当のはなしだな。おれは今だかつて退屈で死んだやつを見たことはなかったが、その死にざまを想像してみるとひどく滑稽だと思った。

「ねえ」

やっぱ死ぬほどのことじゃねえよ。おれの持て余す退屈は段階で言うとそこまで深刻ではなさそうだ。なさそうだが。

「エースー」

・・・なんて言うかさ、

「エース?」

何か欲しいんだよな

「エースってば」

ぞくぞくしたい、

「おーいおい」

こころ奪われたい





「・・・つまんねえなあ」




「え・・・大丈夫?」
「うわなまえ、いつからそこに」
「えぇー」

甲板の船尾側の、日陰で涼んで居たおれをいつのまにやらなまえが見下ろしていた。「何かあったの」と怪訝そうに顔を引きつらせている。おれは律儀にも、そう言われて、唸りながら目を閉じて考えた。おれに何があったのか。いや何もないからだ。全ては正常だ。

「いやー、なんも」
「まじで?」
「まじで」

なら、いいんですけど。そう言ってそのままいそいそと二階のデッキから降りてきて、おれの隣に座ったなまえ、こいつが本当に全くどうでもよさげである。

「隣、よかった?」
「ウェルカム状態」
「あはは・・・」
「・・・」
「・・・」

・・・あれ。おれは何となくなまえが、この歯止めの効かない退屈に新風吹き込みにやってきたようなそんな気がして、受け身で待っていたがうんともすんとも言わない。じっと甲板の木目を見ていたかと思えば、はあ、とため息をついた。なんだ?こいつも暇人か。

「・・・あの、さあ」

おれは無言で頷く。

「昨夜ね」
「昨夜?」

一瞬で昨夜の記憶がおれを襲った。飲んだくれて悪酔いして、サッチとキスをした、たしか…うおえぇ。苦い顔でなまえに視線を戻す。視線がきょろきょろと定まらず、言い出そうと思ったら押し黙りを繰り返し口をパクパクさせていた。

「なに」

体を前のめりにしてなまえの顔を覗き込むと、うわ!、と身を引いて背中の壁に頭を打った。

「お、おい大丈夫か」
「うう」
「どうしちゃったんだよおまえ」

あまり強く打ったようには見えなかったが、両手で頭を抑えながら、恥ずかしそうに俯いた。その降参ですのポーズみたいな格好でなまえは言った。

「・・・夢をみた」
「ふーん・・・なんの」
「・・・」

なまえがじと、とおれを見て眉を寄せた。と思ったら一瞬で顔を逸らされる。「だからぁ・・・」と言い淀んだ。

「・・・」
「エースの夢、みた」

言うなり唇を噛み締めて、がばっと顔を膝に伏せたなまえに、へえ、どんな夢?なんて聞くことはできなかった。なまえの反応をみて固まる。正常とは言えない。夢でなにがあったんだ。

「・・・」

丸くなったなまえを見ていると色々なことに気づきだした。小さな頭に、艶やかな髪、うなじから生える後れ毛が可愛い。耳は少し紅くなっていて、綺麗な爪の細い指がその耳たぶを引っ張っていた。ホットパンツから伸びる無防備な素足に、思わず感じてしまった衝動に驚く。触れたいと思った。伸ばしかけた手でがばっと騒ぐ胸を抑え、おれも丸くなった。

「・・・」
「・・・」

かあーっと顔に熱が集まるのがわかった。体中がぞくぞくする。少し気を緩めたら、ぐぬう…と唸り声が出てしまいそうなくらいだ。やけに恥ずかしくて、あちい、あちい。ちら、となまえを見ると向こうも赤い顔で、泣き出しそうに潤んだ瞳でおれの様子を伺っていた。はっとしたように見開かれた目に思わず、また勢いよく顔を逸らした。苦しいし。なんか・・・すごい。

「あの、なまえ、えっと、なまえ・・・」
「おーいメシだぞー」
「!!」

誰かが通る声でそう叫ぶのをきいて、なまえは脱兎の如くおれの横をすり抜け駆けていった。柔らかな風を巻き起こして。

「あれ、エース、メシだぞ」

ぶんぶんと頷いていると、そいつは怪しげにおれをじっと見た。

「どうした、真っ赤な顔して」

食堂に入るとおれは一瞬でなまえを見つけた。どうでもいい顔をしようと別のやつらと話をしたりして平然を装うが、どうやったってなまえのいる方へ意識がいってしまう。なまえは全く遠くにいたが、いる側を向いている半身だけがやけに熱くてじっとしていられない。おれはとうとう耐えきれずチラ見すると、なまえは周りのやつらと話しながら楽しそうに笑っていた。なんだよ、とつまらなさを感じるのと同時に、今しがたあった出来事を思い出してちょっとした優越感を覚えた。漠然と、なまえはおれのもんになるという予感があった。一瞬目があったような気がして、慌てて前を向き居ずまいを正す。なまえがおれを見ていようが見ていまいが、さっきまでなんともなかったのに。

「エース、なんか、機嫌いいな」
「うん。嬉しそうっていうか」
「ニヤニヤしちゃって楽しそ」
「・・・」

ほっといてくれ・・・。



就寝前、なまえの言葉がぐるぐると駆け巡る。やけに頭のなかに残っていた。まじないの文句みたいに。

「エースの夢、みた」

あの恥ずかしそうななまえを思い出してまた顔が火照り、布団のうえで身じろぎした。くそー、こんなガキくせえことやってられるか。大きく息を吐いて大の字に仰向く。可愛いな、あいつ。そうだ起きたら・・・起きたら、明日はなまえとメシを食ってみようかな。そして夢の内容を聞いて。そう思うと、明日の朝が待ち遠しい。あいつは、ちゃんとおれを見て喋れんのかな。おぼろげに思いだすなまえの顔を天井に写しながら、目を閉じる。おれはその晩、夢をみた。





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